脳外科手術中、外科医の認知的な余力(cognitive resource)はどれくらい消費されているのか?
(cognitive resourceってドラクエのMPみたいなもの)
手術室では、機械の音や、看護師さん・麻酔科医らのやりとりの他、病棟や外来から電話がかかってきたりして、結構集中力をそがれることがある。
それらが実際に手術に影響するのか、という疑問に対するフィンランドのグループからの報告。
(ちなみに経験を積んだ医者と若手では、その手のノイズによるパフォーマンスへの影響に差があるという論文はすでにある)
Huotarinen A, Niemelä M, Hafez A.
Surg Neurol Int 2018;9:71.
血管バイパス(の練習)中に、数字を復唱もしくは逆唱させた。その上で
縫合にかかった時間に影響があるか
復唱/逆唱の正答率に差があるか
を調べた。
余談だが、行動経済学や行動科学の分野ではこのようなcognitive resourceが流行っているのかもしれないし、もう流行遅れなのかもしれない。
結果としては、
1針縫うのにかかった時間は復唱/逆唱ともに変わりは無かった。
バイパスしている最中に復唱/逆症させると、それぞれを思い出して答える時間は長くなり、正答率が下がった。
面白い実験だと思ったのだが、どうしてSNIに投稿したのだろうと思ったら、外科医1人(!)の記録とあり、納得した。
おそらくNを増やしてデータをまとめてくるのだろうが、N=1で採用するSNIもどうかと思われる。
ただ若手がたくさんいる病院ならともかく、中堅以上の(ちゃんと手術している)外科医がこの針数付き合うのは結構労力が必要だ。
考察で、彼らは復唱/逆唱でバイパスの結果は変わらなかったが、バイパス中に復唱/逆唱すると、その反応時間/正答率は下がるので、手術中は他の雑音には集中力という貴重な資源をなるべく振り分けないようになっているのだろうと述べている。
そういうは確かにあるだろう。
しかし、実際の手術でいったん動脈に切開を置いてしまうと、あとは自動的に針を進めていくしかなく、これは主に小脳の仕事ではないかと思う。
縫合練習も99%小脳を鍛えるためだと思っているが、残りの1%に精神を安定させるという意味があるかもしれない。
動脈切開が上手くいかなかったときや、いったん詰まったバイパスを縫い直さなければならないときなどは、一針一針の重みが全く変わる。
縫い代や針を通す位置、抜く方向、トータルとして合併症にならないようにするには、ということを同時並行的に考える必要があり、これはworking memoryを大幅に消費するだろう。
このような場合には自分も、部屋の音楽を消したり、周りのスタッフに静かにするよう言うことがあり、自然とcognitive resourceを節約しているのかもしれない。
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この論文の外科医も3年で1,300のバイパス (2万針) の練習をしてきたとあるので、ベンチでの素振りは十分におこなって、小脳を鍛えてきているドクターということだ。
そのような医者が、ベンチでの実験で、実際にworking memoryを消費するにしても、バイパスの結果への寄与度はいかほどのものだろう。
むしろ初期レジデントや学生に1000針くらい練習してもらって実験する方が、working memory の論文としては良くなるように思う。
その他、Limitationでは述べられていないが、cognitive resourceに関していうのであれば、それぞれの試行の間に休憩を入れるかどうか、同じ日に行うかどうか、午前と午後でも結果が変わりうるので、これに関しても言及するべきであろう。
...とLetter to editorを書こうと思ったが、英語でletterを書くにはcognitive resourceが尽きた。
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