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医者の”コスパ”は本当に悪くなったのか

  • 執筆者の写真: 木村 俊運 @ 日本赤十字社医療センター
    木村 俊運 @ 日本赤十字社医療センター
  • 6月18日
  • 読了時間: 5分

医者の”コスパ”悪化説


X(旧Twitter)を見ていると、医師たちの本音(あるいは愚痴)がタイムラインに流れてくることがあります。

その中で、最近のインフレ傾向も相まってか、「医者の”コスパ”は悪くなった」「医者はもう割に合わない仕事だ」といった言説をよく目にします。


彼らの主張を要約すると、こういうことのようです。

「勤務医や一般的な開業医は、総合商社や外資系コンサルと比べると収入が少ない。少なくとも6年間大学に通い、医師国家試験を経てからも勉強を続け、重い責任を背負う割には見返りが少ない」


確かに、医者という職業(特に外科系は顕著かもしれませんが)は、他人の身体にメスを入れたり、副作用を気にしながら抗がん剤を投与したりといった、侵襲的な治療を行い、それでも結果として亡くなることもあります。「自分にはこれができる」「オレってスゲー!」という強い自信や、ある種のプライドがなければ維持できない側面はあります。


しかし、それにしても「医者はコスパが悪い。商社やコンサルに行けばもっと稼げた」と嘆く人たちは、何を根拠に、他業界でそこまで確実に活躍できると思っているのだろう、と不思議に思います。


背景には、もしかしたら医学部受験の難化があるのかもしれません。

私が受験した頃は、一部のトップ校を除けば、私大医学部は偏差値60前後でも合格圏内でした。しかし今はどこも最難関です。

「受験戦争の超勝ち組である自分が、なぜこの程度の待遇なのか」という不満が根底にあるのかもしれません。

ただ、医学部に合格した時点の限られた戦果だけで、「他の業界ならもっと稼げていたはずだ」と考えてしまうのは、少し視野が狭い(あるいは世代のギャップがある)のかな、とも感じてしまいます。


「コスパ」という言葉の違和感

そもそも、私は医療を語る上で「コスパ」という言葉自体が好きではありません。


医者のパフォーマンスとは、突き詰めれば「患者さんが良くなるかどうか」です。


しかし、一人の患者さんを治せるようになるために、医学部を卒業するだけで十分かと言えば、決してそんなことはありません。

初期研修から始まり、脳外科や外科系であれば専攻医として、少しずつ手術の手技を覚えていきます。内科であっても、安全マージンの大きい投薬・処置から段階的に経験を積んでいくはずです。


今の研修医は、私たちが若かった頃のように「夜中まで病棟に張り付いて重症患者を診る」という働き方は制度上しにくくなっています。夕方には「はい、お疲れ様」と帰される時代です。 しかし、教科書の知識は持っていても、目の前にいる患者さんは一人ひとり異なり、薬の反応も違います。知識と現実のギャップを経験し、臨床的な「勘」を掴めるようになるには、専門医資格を取るまでの5〜6年はどうしてもかかります。


気づけばあっという間に30歳。

この「一人前になるまでの潜伏期間の長さ」が、タイパ(タイムパフォーマンス)を重視する人には「効率が悪い」と映るのかもしれません。


どの業界も、若手時代のコミットは避けられない


かつて、私もコンサルティング業界に興味を持った時期があります(以前のブログ記事でも少し触れました)

あの業界では、若手はOJTとしてプロジェクトに投入され、膨大なリサーチやペーパーワークを文字通り夜中までこなします。そうして圧倒的なハードワークを経てスキルを磨き、顧客の業績に貢献(パフォーマンス)できるようになっていくわけです。


給与面を見れば、コンサルの方がタイパも良いでしょう。

しかし結局のところ、どの業界であっても、「若い時期に体力が続く限り仕事にコミットし、修業する期間」は絶対に不可欠なのだと思います。

そう考えると、コスパ論者が不満を言っているのは、本質的には「仕事の効率」ではなく「収入の上限」の話なのでしょう。


保険診療の枠組みの中で、雇われの身(勤務医)として働いている以上、年収が数億、数十億になることは構造上あり得ません。

手術を例に挙げても、単位時間あたりに治療できる患者さんの数は物理的に限られており、商社や政治のような、多くの人に影響を与えるようなダイナミズムはありません。


(※私には向いていませんでしたが、基礎研究や創薬の世界は、打率は低くても当たれば何千万人に影響を与えられるという別格のロマンがあります)


人生全体の「パフォーマンス」を考える


しかし本当にパフォーマンスが悪いのかと考えると、それも見え方・感じ方なのではないでしょうか?

「目の前で困っている人を助けて、直接感謝される。しかも、自分が好きでやっている仕事なのに、十分に暮らしていける給料をもらえる」


本人の嗜好に合っているのであれば、これほどコスパ・タイパの良い仕事は、他にそうそう無いのではないかと思います。


むしろ、目先のタイパや給与の効率だけを重視して、大してやりたくもない仕事(例えばあくまで自分の場合はですが、AGAクリニックのような、自由診療のルーチンワークなど)に従事する方が、人生全体のパフォーマンスとしては遥かに悪いように思えてなりません。


人生は長いようで、実はとても儚いものです。

医療の現場にいると、不慮の事故や、「なぜこの若さで」と言いたくなるような若い方の脳卒中を目の当たりにすることがあります。

明日の命が保証されていない現実を知っているからこそ、「元気なうちに、自分が本当にやりたいことをやる」というのが、人生における最強の最適解ではないでしょうか。


さらにインフレや社会構造が狂って、かつてのキューバのように「国内で医師をするより、アメリカでタクシー運転手をした方が稼げる」という極端な時代が来れば話は別です。

しかし今の日本において、件の「コスパ・タイパ」を嘆く先生たちも、他人の芝生を眺めるのをやめて、(医者でなくてもいいんですが、)自分が本当に命を燃やせる仕事を見つけられるといいな、と願っています。


(文中意見に係る部分はすべて筆者の個人的見解である。)

 
 
 

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