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気管切開のtips

執筆者の写真: 木村 俊運 @ 日本赤十字社医療センター木村 俊運 @ 日本赤十字社医療センター

更新日:2018年5月4日

気管切開は、再切開や永久気管孔を設けるときなどは耳鼻科にお願いすることがあるにしても、多くの脳外科施設では自前で行っている。


自分自身も研修医の最初の半年で、ややうんざりするほど経験させてもらった。

(週末に3件まとめて、ということがしばしばあった。)


うんざりというのは、どちらかというと脳卒中などで (少なくとも急性期病院入院中は) 状態が芳しくない患者さんに行う、敗戦処理的処置であるためだ。



ただ、どの手術・処置もそうだが、こだわり始めると結構奥が深く、興味深い部分がある。



以前にも書いたが、他の病院から若いドクターが異動してくると、やっぱり「昭和の手術」というか、少なくとも僕が医者になった頃と変わらない手術をしているのに驚く。


つまり、切開を置いたら筋鈎で「ガッ、ガッ」筋を分け、甲状腺に気を付けながら、その尾側を「ガッ、ガッ」と分けて気管を露出して、切開を置くというものである。


確かに、緊急で気管を切開しなければいけない状況というのは未だにあり得るし、トラヘルパーが手元にないこともあるかもしれない


ただ、電気メスまで揃えて行うのに、同じ方法で行う必要はないだろうから、以下に気を付けるべき点を書いておく。

ついでに医者2年目の時に麻酔科に回っていたときに教わった、医療事故例からの教訓も記しておく。


1. まず多くの場合、気管切開は横切開で行うが、これに関しては「横」でなければならないわけではない。

  • すぐ下にある胸骨舌骨筋が縦走していて、この正中(白線)を分けることを考えると、横切開だと次の操作に対しては直行する形になる。

  • その点、最初を縦切開にすると、切開線を一致させることができるため、少なくとも胸骨舌骨筋までの操作野が皮膚切開を十分使う形で行うことができる。

  • ただ欠点としては、頚の正中では縦方向の傷は目立つことだ。

  • 患者さんの状態によっては検討してもよいだろう。

上記を踏まえると、横切開では、特に正中で胸骨舌骨筋との間を十分剥離しないと、十分な術野を確保できない可能性があるということである。


また、十分な術野をとるために横切開を長くすると、切開線の両側で前頚静脈に遭遇する。

この静脈は耳鼻科では術後出血の主犯としてよく知られており、この処置を結紮するなり確実に行っておく必要がある。


2. 次に第2段階として胸骨舌骨筋を十分露出すると、白線が確認できる。


この段階で術野がbloodyだと白線以下が見えにくくなるので、この手の軟部組織の手術は、真皮までメスで切ったあとは、低出力の電気メスが良い。

白線も術野が許す限り上下に長く切開することで、その下にある甲状腺と、これを包む結合組織を確認しやすくなる。


3.甲状腺も血流豊富なので、これを挫滅させたり、切り込まないように注意が必要である。

  • 甲状腺の真ん中(峡部)の下縁で気管のごつごつを確認したら、この「ごつごつ」をたどるように甲状腺の下側裏面を剥離する。

  • この操作によって甲状腺の下側に十分なworking spaceを確保する。

  • この操作も電気メスを上手く使うとほぼ無血の術野をキープできる。

  • 開創器を使っている場合には、爪の少ない方で、やさしく甲状腺峡部を頭側にretractすることで、気管の、孔を開けるべき場所が確保される。

  • この段階では、まだ気管に孔を開けてはならず、メスの先で気管前壁に付いている結合組織に縦切開を置き、この結合組織を左右に分けることで、この組織(層) からの出血を抑える。

4.気管前壁が露出されたら、孔を開ける準備をおこなうが、切開部をコの字に開けて足側に折り返す派、頭側に折り返す派、切り取ってしまうという3つのやり方がある。


気管カニューレの出し入れのことを考えると、尾側に折れ返して、カニューレが皮下に迷入しないようにするのが理にかなっているように思われるが、他の方法のメリットも聞きたいところだ。


気管に孔を開けるときも、低出力の電気メスで少しずつ焦がしながら切開すると、断端からの出血が抑えられる。


孔が開いたら、挿管チューブを抜きつつ、カニューレを挿入するのだが、この段階でも重大トラブルが起こりうる。



麻酔科の上司から教わったのは、


気管カニューレを頚に巻き付けるなり、縫い付けるなりして固定するまでは、挿管チューブを抜ききらない(先端が気管内に入っている状態を維持する)


ということである。


咳などで気管チューブが抜けてしまうと、皮膚が孔に覆い被さってしまい、カニューレを入れられなくなることがあるためだ。

実際にそういうトラブルで、東北地方で患者さんが亡くなったか、低酸素脳症になったという事案があったと教えられた。


また自験例でも、咳(bucking)で気管カニューレが抜けて、なかなか孔がみえなくなるということが実際にあったので、自分がobserverとして入る場合には、毎回しつこく言うようにしている。


また、切開部分の左右で皮膚を最後に縫合するが、このときにカニューレぎりぎりまで縫合しないようにする。

むしろ何もしないでほうっておいても良い。

その理由は、oozingが起こったときに、気管に垂れ込むのを防ぐことと、やはり気管カニューレが抜けてしまったときに孔が塞がらないようにするためである。



気管切開は気道を扱う処置なので、トラブルが起こるとすぐに生命に関わる怖い手技だということを忘れてはいけない。


(文中意見に係る部分はすべて筆者の個人的見解である。)

 

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