多くの脳外科医にとって、頭をぶつけた人の診察は避けられない業務の1つだが、頭をぶつけて外来に歩いて来る方のほとんどは、医療機関を受診するような(税金を使うような)問題ではない。
もちろん「医者なんて滅多にかかるもんじゃない」と思ってるところでは、違うかもしれない。
また少子化と、核家族化によって軽い頭部打撲でも医療機関を受診する親子さんも昔と比べれば多いはずだ。
ただ子供(乳幼児)については、自分の子供も「大丈夫かお前…」というような落ち方することがあるので、脳外科ならざる親が、心配で連れてくるのは仕方ないと思っている。
しかし酔っ払った大人は別だ。
頭部打撲に限らないが、酔っ払いが深夜に運ばれてきたり、救急車を呼んできたりすると、自分の税金が、こんなことに使われているのかと暗い気分になる。
しかも患者が暴れて自分やスタッフが殴られたりすると、そりゃ救急なんてやめたくなる。
前置きが長くなったが、外傷による脳損傷で認知症が起こるかどうかという論文。
Lancet Psychiatry. 2018 May;5(5):424-431.
この論文では、デンマークの国民データベースで、1999-2013年のどこかの時点で少なくとも50歳以上であった人を対象に、外傷性脳障害(TBI)でERに来た、もしくは入院になった人を対象とした。
“いわゆる脳振盪”のみのような軽微な頭部外傷(mild TBI)から、軽微でないものまでを対象として抽出。
(クリニックなどを受診した軽微な打撲は入っていない可能性がある。)
認知症に関しては、精神科/老年病科/神経内科の外来・入院で認知症の病名が付いた人の他、薬局で抗認知症薬を購入した履歴(!!)なども検索し、上記外傷データと突き合わせている。
Cox比例ハザード分析を用いて、認知症発症に関して外傷性脳損傷のハザード比を求めた。
2,794,852人の外傷性脳損傷の方のうち、126,734人(4.5%)が認知症を発症していた。
(若年性アルツハイマー病などは関係ないだろうということで、50歳未満は除外されている)
結果としては、外傷性脳損傷を経験した人はそうでない人よりも1.24倍(95% CI; 1.21-1.27)リスクが高いということだった。
頭以外の骨折のみの患者と(つまり外傷というカテゴリーの中で)比べても1.29倍認知症のリスクが高かった。
しかしmildでない外傷性脳損傷のハザード比は1.35(95% CI; 1.26-1.45)であり、脳振盪と比べると、それほどリスクが高くなる訳ではないようにもみえる。
(ただこのカテゴリーは個人差が非常に大きいはず)
また外傷から半年間の間が最も認知症を発症するリスクが高く、頭部外傷の回数が増える程リスクが高いという結果になった。
(ちなみに、どうすれば外傷後の認知症を避けられるか、については分かっていない)
もちろん認知症発症は本人や家族にとっても避けたい悲劇であるが、リスクが1.2倍(20%増し)になるというのは、やはり避けられるものなら避けた方が良いだろう。
ラグビーをやっている方などは、結構何歳になっても試合に出ていたりするが、脳振盪を起こすような激しい当たりは避けるほうがよいかもしれない。
あとは自戒を込めてであるが、足もとがおぼつかなくなるような深酒は、アルコールの直接的な脳損傷の回避する意味でも避ける方がよいだろう。
しかし世界に冠たる保険制度ということになっている日本に同様の悉皆データベースがないのが本当に悲しい。
(文中意見に係る部分はすべて筆者の個人的見解である。)
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