先月のNEJMに載った論文
British Neurosurgical Trainee Research Collaborative, NIHR Global Health Research Group on Acquired Brain and Spine Injury, and RESCUE-ASDH Trial Collaborators; RESCUE-ASDH Trial Collaborators
交通事故や転落などで頭を強くぶつけると、脳を包んでいる硬い膜(硬膜)と脳の間に血が溜まり、脳を圧迫して生命に関わる急性硬膜下血腫という病態があります。
実際には脳の一部が傷んでいて、その部分の動脈から出血していたり、太い静脈が切れていたりして、そこから出た血液が溜まっています。
溜まった血液を取りのぞき、出血している部分を止血すればOK、ということもありますが、実際には、くも膜下出血も伴っていて髄液の循環が悪くなっていたり、脳全体に衝撃が加わっていたりするので、手術後や、場合によっては手術中に脳が腫れてくることが多いです。
脳は柔らかい組織ですが、頭蓋骨という硬い容器の中で腫れてくると、頭蓋骨の内側の圧(頭蓋内圧)が高くなるため、脳にうまく血流が流れなくなり、脳梗塞を起こして、さらに腫れる、という悪循環に陥ってしまいます。
そのような、頭蓋内圧が高くなりすぎないように、頭蓋骨を大きく切り取って、骨を戻さずに皮膚を閉じてくる減圧開頭術を行うことがあります。
というか、むしろ重症の頭部外傷では多いです。

そうすることで、頭蓋骨の厚みの分と、皮膚が多少でも伸びる分、脳に加わる圧を減らすのです。
「頭蓋骨が無かったら大変じゃないの?」はもちろんそうですが、脳が腫れているのは1週間程度の一時的な問題なので、腫れが引いて圧が下がったら、再度、骨を戻す手術を行うことが多いです。
(もちろん、いのちが助かった場合です)
ただし、全ての重症の急性硬膜下血腫の患者さんで、骨を外した状態にするのがいいか?というと、必ずしもそうではありません。
中には、血腫を取りのぞいたら、脳の色調や拍動も問題無さそう、ということはあるからです。
そのような場合には骨を戻しても、実際、問題ない可能性があります。
また、重症の外傷では頭以外にも出血しているせいで、血液を固まらせる成分が少なくなって、血が止まりにくくなっていることもよくあります。
骨を戻すことで、包帯を”きつく”巻くことも可能になり、皮膚からの出血を抑えられるメリットもあります。
(骨を外して、強く包帯を巻くと、何のために骨を外したのか分からなくなります)。
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そこでこの論文ですが、
「手術中に、骨を戻しても大丈夫そう」と思われた患者さんを、「骨を戻すグループ」と「戻さないグループ」にランダム化して、その予後を比べています。
その結果、どちらでも、死亡・植物状態になる割合に差は無かった、という結果でした。
タイトルと結果(conculsion)から、「骨を戻しても戻さなくても予後が変わらないなら、戻さなくてもいいのでは?」と、最初は思ってしまいました。
しかしよく読むと、実際には「術者が、『これは減圧開頭でないとだめだ』と判断した患者さんは、通常通りに減圧開頭されており、それ以外の、『戻せそうだけどな...」というケースをランダムに「減圧グループ」と「骨を戻すグループ」に振り分けた研究でした。
経験的に、どちらでも良さそうに思われる患者さんは
①脳のダメージが少ないか、
②高齢でもともと脳が萎縮していて、腫れてもそれほど圧が高くならなさそうというどちらか、もしくは両方のことが多いです。
それでも興味があるのは、「じゃあ、骨を戻せそうだと思ったけど、やっぱりダメだった(脳が腫れて、再手術が必要になった)」というのが、実際、どれくらいの頻度で起こるのか?ということです。
抄録(abstract)にもありますが、骨を戻した群では2週間以内に14.6%に外科的治療、おそらく骨を外す手術が必要になった、ということでした。
7件に1件。
この数字が大きいと考えるか、小さいと考えるかは、人によると思いますが、個人的には初回手術後、すぐに手術室に戻らなければいけないのは非常にストレスです。
また、本人は意識がないかもしれないにしても、ご家族の心労的にも「また手術?命は大丈夫なの?」というのは避けたいと考えます。
また、集約化されていない日本の病院では、「やっぱり骨を外さないとダメだ!」となったときに、必ずしも都合良く手術室に空きがあって、すぐに執刀開始というわけにもいかないでしょう。
そうすると、治療のタイミングを逸する可能性もあります。
なので、「戻せそうと思った場合は85%大丈夫」でも、デフォルトは戻さないのが正解かなと思っています。(あくまで術中所見次第ではありますが)
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しかし、研究のデザインとしてはよくできていて、血腫を取ってから、ランダム化(「減圧グループ」と「骨を戻すグループ」に分ける)というのはよく考えたな、と思うわけです。
ただその一方で、研究への参加については、おそらくご家族に説明して同意いただいているはずですが、自分の大事な人が「そのままでは死ぬか、助かっても植物状態になるので手術が必要」という、緊急でやらないといけない手術の説明を受けていて、
「ところで、こういう研究があり、手術中の所見によっては参加いただきたいのですが。あ、嫌なら途中で辞退されても大丈夫です」
のような説明を、冷静に、十分理解できる人がそれほどいるとは思えず、倫理的に微妙な部分があるのでは、と思っています。
(文中意見に係る部分はすべて筆者の個人的見解である。)
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