脳室腹腔シャント手術という、くも膜下出血後や生まれつきの水頭症、最近では「治る認知症」の一つ(特発性正常圧水頭症)に対して行う手術がある。
東大の関連病院では、というか自分がローテートしてきた病院では、虫垂炎の手術のような切開でお腹の操作を行うことが多かったが、施設によっては、へその下、腹直筋の外縁、胸骨下正中など、いろいろな流派がある。
で、いろいろな経緯があり、「今回は胸骨下がいいんじゃない?」という議論になったとき、若手のDr.から「え、やったことありません(”ので、できません”というニュアンス)」の声。
もちろん、やったことが無いことを、勝手に無茶苦茶に行うよりは遙かに良いとは思うのだが、お腹の臓器を扱う手術ではし、腹部臓器を傷つけずに、腹腔にチューブの先端が入ればOkレベルの話です。
せめて「じゃあ、筋膜を見て白線を確認して切ればいいですね。他に注意することはありますか?」とか、学部生レベルの解剖の知識でも思いつきそうだが...
自分もそうだったのだろうか。
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手術というArtは、もちろん目の前の患者さんの状態に合わせて、テーラーメイドするものだが、手術の教科書というのも沢山あるように、ある程度のパターン・型がある。
最初はその型を単になぞればできるような手術から学んでいく訳だが、どの手術でも、どこかの段階で「どうしてそういう型になっているのか」という疑問を持つ必要があると思う。
例えば、上記の脳室腹腔シャント手術であれば、「なぜ虫垂炎の手術と同じように切るのか?」という具合に。
こういう疑問に対して答えがある場合とない場合があるが、それでも
水着を着たときに目立たないようにかな?
もともと脳外科は外科から分派した科だから、開けるのに慣れていた場所かな?
腹膜を切るときにトラブルが起こりにくい部分とか、トラブルになったときにリカバリーしやすい部分なのかな?
という想像はできるし、そういうことを考えていると、
若い男性だとこの部分は筋肉が厚いから開けづらいけど、他にもっと簡単に開けられる部分は無いかな?
とか、あるいは他の施設のやり方を見たときに、(なるほど、確かに正中は筋肉無いからなあ)とピンとくるようになるのではないだろうか。
で、実際に正中で切開すると、お腹の傷はやはり目立つので、(やっぱり下着に隠れるように虫垂炎と同じなのかもな)という風に、落ち着いていくのだと思う。
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その他の手術も同様で、学会の発表や、最近買ったバイパスの手術の本の、○○病院のこだわりコーナーもそうだが、「そのこだわりは何のためにやっているのか?」という視点がないと、「ふーん」と流すか、コンセプトを考えること無しに表面をなぞるように真似するだけになってしまう心配がある。
つまり、「抽象化して」考えるということ。
そうすると、バイパスの手術であれば、結局は「裏縫い」「内反」「解離」を避けるために、工夫しているんだな、という俯瞰した見方ができるし、「だったら、こっちの方がいいなじゃない?」などと、より良い方法が思い浮かぶのではないだろうか。
もちろん、医療なので、新規性があるからといって患者さんの害になることはできないので、あくまで限定的な自由度の中で、成績を上げる工夫を、自分も生み出していくという姿勢が大事だと思う。
その「おこだわり」の中で、汎用性のあるものは、多くの医師が真似するようになって、多くの患者さんの利益に資するかたちになるはずだ。
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外科手術は芸なので、守・破・離というパターンを辿るべきだし、本当に面白くなるのは”離”の所だと思う。
初歩的な手術でも、あるいは初歩的な手術で、「もう自分は十分上手にできる」という手術ほど、アタマで考える部分を増やして欲しいと思った一幕だった。
(文中意見に係る部分はすべて筆者の個人的見解である。)
ちなみに、僕も手術に関してはいろいろこだわっているが、脳外科の場合、手術時間が短くなるとか、患者さんの予後が良くなる、創がきれいになるなどの方向以外のこだわりは全く無意味、場合によっては有害だなと思っています。
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