未破裂脳動脈瘤が見つかったときに治療すべきか、それとも血圧コントロールなどで経過を見るかというのは、悩ましい問題だ。
単に動脈瘤の性状だけでなく、患者さんの全身状態や、リスクに対する一般的な心構え(attitude)など、個別に考えなければならない要素はたくさんある。
しかし、判断のために参考になる情報はいろいろあるので、いちおうの客観的な情報、科学的な根拠が重要になる。
PHASES scoreは、今までに行われた「前向き」研究でのデータを元に、未破裂脳動脈瘤が例えば、「この先5年間に出血を起こす危険性」を計算するスコアで、そのスコアを元にリスクを考えるために用いる。
過去の研究でくも膜下出血のリスクが高いとされているPopulation (フィンランド人、日本人), Hypertension(高血圧), Age (年齢), Size (大きさ), Earlier SAH (くも膜下出血の既往歴),そしてSite (部位)で、それぞれに点数を付けていく。
つまり日本人(の未破裂脳動脈瘤)というだけで出血リスクが高いことになる。
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このスコアリングはあくまで”未破裂脳動脈瘤”のための評価方法だが、では「くも膜下出血を起こした患者さんに当てはめたら、どういう結果になるか?」というのが下の論文。
J Neuroradiol. 2019 Aug 7. pii: S0150-9861(19)30260-3. doi: 10.1016/j.neurad.2019.06.003. [Epub ahead of print]
Pagiola I, Mihalea C, Caroff J, Ikka L, Chalumeau V, Iacobucci M, Ozanne A, Gallas S, Marques M, Nalli D, Carrete H, Guilherme Caldas J, Frudit ME, Moret J, Spelle L.
ブラジルの病院で2015年から2018年までに治療されたくも膜下出血の患者さん155人のデータから、PHASES scoreを算出し、「もし未破裂脳動脈瘤として見つかっていたら治療したか?」を調べた。
結果としては、110人(70.9%)は、PHASES 5点以下で5年間のくも膜下出血リスクは5年間で1.3%と判断された。
5年間の出血リスクが2%になる患者さんを集めると、122人(78.7%)いた。
5年間のくも膜下出血リスク2%だと、普通はあまり根治的治療を勧めることはないので、この8割くらいの方は避けられないくも膜下出血だったということになる。
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前述のように、PHASES scoreは未破裂脳動脈瘤からの出血リスクを評価するためのものなので、それをくも膜下出血を起こした方に当てはめても仕方ない、と素直に受け取る向きもあるだろう。
あるいは、「じゃあ5年間に2%のリスクでも、未破裂脳動脈瘤のうちに治療する方がいいんじゃないの?」と思う方がいるかもしれない。
くも膜下出血の大半は6mm以下の小さい動脈瘤から出血して起こる。
そして、驚かれる方がいるかもしれないが、脳卒中診療に携わっている脳外科医の中では、くも膜下出血の多くは「比較的短時間にできた動脈瘤から起こる」説が有力だ。
なので、未破裂脳動脈瘤の治療、とくに小型の動脈瘤を何百個治療しても、疫学的に意味があるレベルで、くも膜下出血を減らすことはできないと考えられている。
稀ではあるが、くも膜下出血を起こされた方で「去年、脳ドックを受けたときは問題ないと言われたのに」という方もいる。(データを取り寄せても、やはり動脈瘤はない、というケース)
では、未破裂脳動脈瘤の手術(開頭手術/コイル塞栓術)に意味がないか、というと、「個別の患者さんのくも膜下出血を防ぐ」という意味はある。(というか、それしかない)
つまり、例えば5年間にくも膜下出血を起こす危険性が10%とか20%という値になってくると、自分だったら焦るし、おちおち筋トレもできない、ということになるので、やはり治療を前向きに検討するだろう。
そういう基準が、脳ドックガイドラインや、脳卒中ガイドラインの「5mm以上は治療を"検討する"」という意味。
「5年間のリスクが2%と10%でそれほど変わるの?」と思う方もいるかもしれないが、
<0.5%/年の動脈瘤からの出血リスクが正規分布なのかどうかだって分かっていないので、経過観察が妥当なんじゃなかろうか。
(文中意見に係る部分はすべて筆者の個人的見解である。)
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