(大分前に下書きだけ書いたけど放っておいた内容ですが、後輩から内容を思い出さされる経験をしたので...)
多分、他の科にもデータベース登録事業というものがあると思います。
例えば外科系ではNational Clinical Database (NCD)というものがあり、日本全国で行われている外科・心臓外科手術(患者さん)に関する情報が登録されています。
脳外科においても同じようなデータベースがあり、どこの病院でも脳外科があるところであれば、ホームページに「当院では学会のデータベース登録事業(JND)に参加しています」「匿名化されており、個人の特定はできないようになっていますが、自分のデータを使われたくない場合にはご連絡ください」というオプトアウト(データを使われない権利を行使できる)に関するコメントが出てくるはずです。
JNDは日本脳神経外科学会が行っている事業で、基本的には手術になった患者さんの情報を登録するようになっています。
これらとは別の、サブスペシャリティーでもデータベース事業があったりして、昨今の「医師の働き方改革」の絡みなどで難しい判断を迫られることがあります。
つまり、データ入力を人の手で行わなければならず、そのために無視できない時間が取られることがあるわけです。
それでも、データベースによって多くの情報が集まり、統計解析を行うことで、新たな「気づき」「学び」、医療であれば「患者さんに役立つ知見」が得られる場合もあるので、とうぜん一概に無駄とは言えません。
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データベースのデザインはそれだけで一つの学問分野になりますが、研究用の小規模なものや備忘録的なものでも結構大変です。
例えば、一つの病院の脳外科ユニットのデータベースを作ることを考えるとします。
自分の施設で治療した脳動脈瘤や脳腫瘍の記録を残しておこうと作り始めるのですが、個人情報が特定されないようにするのはもちろんとして、後は年齢、病名、術式、左右、手術時間などを記録しよう、と項目を作ります。
その時に過去の研究で、各分野で重要とされていること、例えば脳動脈瘤であれば、サイズと部位は必須の情報なので、項目を作るとします。その他にも喫煙歴、高血圧の有無、家族歴など、既に知られている情報も記録しておく方がいいかもしれません。
また、サイズも、動脈瘤ができている血管の径や、短径・長径とか、マメに血流解析を行っているのであればそのデータも...
…とキリがないわけです。
これらの項目を作って終わりではなく、手術が終わったタイミング、または退院・転院されたタイミングで、これらの項目を入力する作業が待っています。
こういうデータベースは「それを用いた研究をする、有用な結果を出す」ことが目的になる訳ですが、『既に分かっていること』をいくら調べても新しいことは出てきません。
(従来言われていたこととちょっと異なっていた)とか(1990年〜2000年と比べると2010〜2020年はどうだった)のようなデータは得られるでしょうし、それはそれで重要としても。
なので、例えば未破裂動脈瘤では、(このパラメータが重要なのでは?)とひらめいても、それが本当に新しい、新規性のあるものであればあるほど、いままで作り上げてきたデータベースの項目には無く、新たに項目を追加してそこから症例を追加するしかない訳です。(あるいは、過去のカルテなどのデータから労力をかけて掘り返していく)。
そういうことを考えると、いち臨床医が作るデータベースというのは、できるだけシンプルに越したことはないだろうなと思うわけです。
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また、メジャー/マイナー診療科に関係なく、学会などで登録する場合は、とても大事な要素があります。
それは全例調査なのか、サンプル調査なのかということです。得られるデータは何を代表しているのか?
外科のNCDは手術症例は全て登録することになっているようなので、全例(悉皆)調査です。なので、実際には病院間の成績の差や、予後情報なども出せるのかもしれません。
また全例調査なので、日本人の中で結腸癌になった人のデータというのが山のようにあるはずです。
(実際にNCDの入力などに関わっている訳ではないので、あくまで印象です)
一方、サンプル調査の場合は、テレビの視聴率と同様、統計学的に妥当な数のサンプルがあれば十分なので、人手の足りない病院が無理して行わなくても良いのかもしれません。
全国規模でなくとも、対象が限られていて全員調べられる場合もやはり貴重なデータになります。
本邦で有名なところでいえば久山町という町で健康に関するデータ収集事業が連綿と続けられています。
自分の師匠の故堤一生先生は、脳動脈瘤の再発についての研究をされています。会津中央病院で治療された動脈瘤患者のほぼ全ての経過を長期間調べ、脳動脈瘤の再発率を調べたという素晴らしい研究ですが、これも会津という、山々で区切られ、引っ越しによる域外への移動が少ない地域だったのと、個人情報保護の規定が厳しくなかったことから、別の病院や開業医さんとも連絡を取って追跡調査できた結果でした。
そういうことを考えると、東京のような都市で、同じような治療を行っている病院がいくつもあり、患者さんの移動(引っ越し)も多く、脳梗塞のときはA病院にかかったけど、今回の脳出血はB病院に入院した、B病院はこのデータベース事業には参加していない、みたいな状況で、意味のあるデータベースを作るのは難しいように思います。
しかも個別の病院で手間をかけて入力する意味はなんなのか?と。
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そもそもデータの入力は時間がかかることであり、本来お金を払ってやってもらう仕事です。
そのような事務作業を行う仕事では1項目いくらとか1症例いくらという値段が付いているはずです。
外科のNCDは、その代わりに専門医資格(受験資格)を(言い方は悪いですが)人質にすることで、入力されたデータの質を保っているといっても良いでしょう。
大きなデータベースになればなるほど、データの信頼性を担保する仕組みが必要なのだと思いますが、今回止めさせていただいたデータベースにはそのような仕組みは無さそうです。
例えば、保険支払いデータなどとの突合も、個人情報保護法の縛りなどで難しいようですし、調査員が各施設を訪問して、データの確認を行うというのも予算的に難しいようです。
当院の若手は生真面目なので、一生懸命入力していましたが、毎日忙しくしている脳外科の病院で、例えば見直す時間なんて取れるわけがない。しかも入力する項目が多いとなれば、適当に入力する人がいてもまったく不思議では無いでしょう。
日本には、医療や社会保険もそうですが、性善説に基づいた仕組みがたくさんありますが、それが成り立つのは、自分の(心理的・時間的・経済的など)負担が小さい場合だけなのではないでしょうか。
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未破裂動脈瘤の悉皆調査(UCAS Japan)の際、「日本発のエビデンスを!」ということで、全国の多くの脳外科医が協力して登録事業がなされ、実際重要な知見が得られました。
その際、皆が”手弁当で”、つまりほぼ無償で協力した訳ですが、脳外科界隈のデータベース事業には、この”手弁当”文化が悪い形で残っていると思っています。
(文中意見に係る部分はすべて筆者の個人的見解である。)
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