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  • 執筆者の写真木村 俊運 @ 日本赤十字社医療センター

未破裂動脈瘤の年1%という危険性を考える

更新日:2023年8月9日

5ミリとか6ミリの大きさの未破裂動脈瘤がくも膜下出血を起こす危険性は年間にすれば年間に1%内外 、つまり100人に1人くも膜下出血を起こすくらいの頻度ということでした。


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100人に1人

今回はこの危険性が妥当なのかっていうことを考えたいと思います。


1パーセントという数字の根拠はどこにあるのでしょう?


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僕も前の病院にいた時に調べたことがありますが、「見つかった未破裂動脈瘤がどれぐらい出血を起こすのか」を調べた研究がいくつもあります。


ただし例えば、若くて健康な方が脳ドックで大きくていびつな動脈瘤が見つかったとします。その場合、多くの脳外科医はくも膜下出血のリスクが高いと考えて手術をお勧めすると思います。

多くの研究はそういう「危なそうな動脈瘤」は遅かれ早かれ治療された結果、治療せずに残っている方で起こった出血をもとに計算しているものになります。


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しかし、これらの研究の中で、フィンランドで行われた観察研究は未破裂動脈瘤に対しては全く手術がされてなかった時代(1950年代)に見つかった患者さんの経過を見ています。

その結果、平均して約20年(!)経過を見た中で2ミリから6ミリの動脈瘤の出欠率は年間1.1%ということでした。7-9 mm は年間2.3% 10mm以上は10人だけでしたが、2.8%(10年で30%が出血)


もう一つ、日本で行われた5ミリ未満の小さい未破裂動脈瘤を手術を行わずに経過を見た研究では、動脈瘤が一個の人については年間0.54パーセントの方にくも膜下出血が起こったということでした。


以前に自分が勤務していた会津若松の病院で、師匠の堤一生先生が調べた研究では、「高齢であったり、脳卒中で障害があったり」したために、見つかったけど手術治療はしなかった動脈瘤がどうなったかを調べています。

そのようなADLの悪い患者さんの結果で、半数の方は他の病気で亡くなっていますが、10ミリ未満の未破裂動脈瘤の危険性は10年間で4.5%、10ミリ以上のものは5年間で33.5%だったという結果でした


経過を見ている間に治療を行わない、という選択肢は倫理的な問題が絡んでくるので、少なくとも同じ条件(5mm未満は治療せずに、等)での研究は難しいでしょう。


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日本人を対象にした最も大規模な研究である UCAS Japanの結果も、年間の出血リスクは0.95%、つまり約1%という値でしたが、この研究では登録された動脈瘤の⅓が登録後3ヶ月以内に治療されています。

つまり、危なそうな動脈瘤はおそらく早々に治療されています。


また登録された動脈瘤の場所の割合も、実際のくも膜下出血の原因になる動脈瘤の割合とは少し違っています。(「その他の内頚動脈瘤」という分類は妥当か?)


そういう、倫理的もしくは研究デザインから避けられないバイアスがあった中で、111件のくも膜下出血が起こったので、それを観察期間(人年)で割り算した結果が0.95%/年という結果でした。


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大きさ別の出血件数・出血率

しかも5mm未満の小型動脈瘤もかなり治療されています。

(全体の出血率に与える影響はほとんど無いと思いますが)


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登録された動脈瘤の数と治療された動脈瘤の割合

UCAS Japanは、未破裂動脈瘤を治療するかどうかを決める際に参考にする重要な研究で、 この研究結果などから3年間の出血リスクを推定する計算があったりしますが、そのあたりのバイアスを十分考慮する必要があります。


1%という数字、フィンランドの研究と、UCAS Japanでは意味するところが大分違うということです。


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くどくどと数字を並べてきましたが、日本人では10 mmより大きい未破裂動脈瘤は出血リスクはかなり大きい値だと思いますので、少なくとも若い方は治療を前向きに考えるほうがいいと思います。


一方5ミリ未満の動脈瘤の出血率は0.5%内外とかなり低いです。 

「0.5パーセントだと200人に1人出血するじゃないか!」ということなんですが、

開頭手術にしてもカテーテル治療にしても何らかの後遺症になるような合併症の危険性が1%程度は考えておいたほうがよいということです。

例えば5mmの中大脳動脈瘤の手術リスクは、内心ゼロだと思っていますが、それでも創感染を起こしたりしないかと、ヒヤヒヤしています。また前の病院で、たまたまボスが「この人は(開頭手術前に)血管撮影する方が良いだろう」と考えた人で、カテーテル合併症が起こってしまった、ということもありました。(以後、自分の患者さんでは余程必要でなければ行っていません)


そして何より、例えばタバコを吸っている人とか、以前に別の動脈瘤から出血した人のリスクが”多少”高いにしても、その200人に1人の将来出血する人だけを選んで治療するということはできません。


結果的にメリットがあるのは治療を受けた人の中の200人に1人だけになるわけです。


(術後に「赤くて危ない動脈瘤でした」と言われることがあっても、大体小さい動脈瘤は赤かったりします。放っておいたら出血したかは実際には分かりません。)


以前に動脈瘤の調査で山梨大学の先生と話した際、「血圧のコントロールをしっかりしてれば、全然出血しないよ」と言われたことがありました。


全然(=出血率ゼロ)は言い過ぎでしょう??と思いましたが、小さい動脈瘤は出血してくも膜下出血を起こしても、大きい動脈瘤と比べて軽症であることが多いので、5mm未満の動脈瘤については血圧のコントロールをして様子を見るのが妥当だと考えます。


「じゃあ1%だったら、メリットがあるのは100人に1人だけというのも同じじゃないかという意見もあると思います。

確かにその通りです。


毎年1%のリスクだと10年間で約10%になるので10人に一人だったら許容範囲という考え方なのと、実際には5 mm前後の動脈瘤がもっともたくさん治療されているので1%よりは少し高いんじゃないかという判断です。


また大きさと出血リスクでグラフを作ると、5~7mmを超えたところでグラフが急峻になるので、おそらく動脈瘤の表面積なども関係しているのかなと思っています。



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大きさと出血率の関係は直線ではありません。

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小さい動脈瘤でも「頭の中に爆弾を抱えているようなものです。早く治療する方が良いすよ。来週治療しましょう」という説明をされる先生もいるようです。

確率の話なので、自分が過去カルテを調べたときも、見つかって比較的すぐに出血を起こされる患者さんも"稀"にはいましたが、翌週に手術を勧めるような病気ではありません。

(ただし動眼神経麻痺を起こしている動脈瘤では、その日に入院して手術を勧めるものもあります。)


COVID-19の報道を見ていても、正しく怖がるというのは難しいと感じますが、未破裂動脈瘤もそういうところがあるなと思っています。

なのでセカンドオピニオンを考えてもいいんじゃない、と思うわけです。


(文中意見に係る部分はすべて筆者の個人的見解である。)

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