top of page
  • 執筆者の写真木村 俊運 @ 日本赤十字社医療センター

完売画家:弘法は筆を選ぶ

更新日:2023年8月9日

われわれは無意識に自分にとって都合が良い情報を集めて意思決定をしてしまいがちで、確証バイアスという名前が付いています。

意思決定ではないですが、自分の経験に照らし合わせて、「そうそう、そうだよね」という情報や本は、読んでいて気持ちよく、安心感をもたらします。


なので、前書きを読んだり、ぱらぱらと流し読みして、面白そうと思う本の中には、「分野は違っても同じような内容を書いてある」ことが多いのかなということがしばしばありますが、今回のもそういう本。



もともと自分も画を描くのが好きで、前の病院では、手術記載のイラストをカルテに取り込むのも簡単だったので、割と凝って描いていました。もちろん、あくまでカルテの一部であり、そればかりやっているわけにも行かないので、あくまでイラスト程度のものです。


ちなみに、手術後に手術の内容を思い出しながら描く手術イラストは、将棋で言う感想戦を独りでやっているようなものであり、1件1件の手術から学びを得る上では非常に大事な課程だと思っています。

脳内で手術を再生することで、「あ、ここはもっと上手くできたかもしれないな。次回はこうやってみよう」といった反省・新しいアイデアに繋がるので、上達のためには必須だと思います。


新しいアイデアというと、この外科医は人の身体(脳)をなんだと思っているんだ?と思われるかもしれません。

しかし、我々の仕事は「手術適応」「解剖」「生理学」「患者さんの個別リスク」「時間」という様々な制約の中で手術という手技を行い、少しずつでも治療を良くしていく、という課程であり、その中で比較的、普遍性があるとか、その患者さん以外にも広く応用が可能な「改善・進歩」が学会発表なり、論文報告になるのだと思っています。


*************


完売画家に戻りますが、中でも触れられているように、画家と聞くと「作品が売れるというのは稀か、少なくとも時々売れるだけ」で、「一流の画家は死後評価される」「画家では食っていけない」という印象があります。


なのに完売ってどういうこと?

一般的に思われている画家のイメージと相反するタイトルで、うまいなあと思いました。脳外科だと「ドひま脳外科医」みたいなものでしょうか。


筆者の中島健太さんは、「美大生ってかっこよさそう」というイメージで美大に入り、在学中にお父様が亡くなって、経済的に卒業が難しそうということで、プロの画家になったそうです。

画で稼ぐためにいろいろなコンクールに応募したようですが、面白いなと思ったのは「美大ではプロになる方法を教えてくれない」「お金の話をすると煙たがれる」という下りです。つまり、美大に実際に自分の画を売って生計を立てている人があまりいないということです。

医者の場合は、開業医は別ですが、それなりの診療をしていれば、それなりに給料が振り込まれるので、このような悩みは持たないし、そういう意味ではセミプロに過ぎないのかもしれません。

とりあえず「どうやったら上手い脳外科医になれるか」というのは教えてくれないので、それと似ています。ちなみに東大の医局は「ふーん、世界一手術がうまくなりたいなら…」といったことでも馬鹿にせずに取り合ってくれる雰囲気がありますが、研究重視のところだと煙たがられるかもしれません。


中島氏は、公募団体に応募したりして足がかりを得、年間最大80点もの作品を描いて、しかも完売することで、継続してプロ画家として活躍されていますが、第3章「画家の価値を高める」で、自身の価値を高めるためにやっていることを述べていて、参考になります。

  • 弘法こそ筆を選ぶ

  • デッサン無くして個性無し

  • 模写は体で理解する鑑賞法

  • 早く多く描けなければ勝負の舞台に上がれない

  • 才能は着火剤、火そのものではない etc.

脳外科の手術も、いい手術のためには良い道具を選ぶべきだし、画家がたくさんデッサンをするようにたくさん顕微鏡練習をするべきです。

他の上手な先生の手術を模写することはできませんが、ビデオを何度も観ることで、針を通したり、組織を剥離するタッチを想像して再現するイメトレが大事です。

できるだけ多くの手術を経験し、その中で他の外科医に参考になると思った内容を学会で発表し、プレゼンスを得る必要があります。(完全にその病院に就職して、救急疾患だけ診ていくというのであれば、とくに必要ないかもしれません。それはそれで面白いと思います)

手術も、「とても器用」という若手もいますが、それだけではスタート時のメリットになるに過ぎません


…そうです、確証バイアスです。


自分が読んで、「そうそう、そうだよね」と気持ちよくなれる本ですが、著者の中島氏は、もっと多くの若手画家が画で食べていけるように、業界を広げるために、テレビに出たり、ライブペインティングをしたり活動されています。


YouTubeの動画もいくつか見ましたが、「真珠の耳飾りの少女」(フェルメール)の模写とか、とても面白かったです。





正直、日本の脳外科医は多すぎて、(個人的には不要だと思うような)手術が沢山行われているのが現状だと思っていますが、もっと開頭手術や脳外科の治療について広く知ってもらうためには、まだできることがいろいろあるかもしれないな、と思いました。


(文中意見に係る部分はすべて筆者の個人的見解である。)

最新記事

すべて表示

くも膜下出血を起こさない脳動脈瘤

一般的に大きさ5mmというのが(日本人では)治療を考える上で一つの基準になりますが、サイズが大きめでもくも膜下出血のリスクは高くないという部分もあります。 代表的なものに『海綿静脈洞部内頸動脈』にできる動脈瘤があります。 どうしてくも膜下出血を起こしにくいのか、というかほとんど起こさないのですが、もちろん理由があります。 くも膜下出血を起こす場所ではないからです。 脳は頭蓋骨の内側にあるわけですが

Commentaires


bottom of page