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  • 執筆者の写真木村 俊運 @ 日本赤十字社医療センター

なぜ抗がん剤は効かなくなるのか?

更新日:2023年8月9日

脳外科で診療するがんの患者さんは、身体の他の部分からの転移がほとんどであり、がんのステージ(進行度)で言うとStage4の進行癌ということになる。


中には、特に今まで病気をしたことはなかったが、頭痛や言語障害などの神経症状が現れるかたちで、転移性脳腫瘍が見つかることもある。

頭の検査で転移だと分かり、「では、どこから来たがんだ?」という検査で、原発巣である肺がんなり、大腸がんが見つかるという経過をたどるが、頻度でいえば少数派だ。


多くの場合は、肺がんや大腸がんで何ヶ月、何年、場合によっては10年以上闘病されてきて、定期的な検査や、あるいは麻痺などの症状があるということで、MRIなどの検査をしたら見つかって、脳外科に紹介となる。


転移性脳腫瘍ができるまでの経過は、患者さんそれぞれではあるが、何種類かの抗がん剤治療を行っている間に、脳にも転移が見つかったという方が多い。


化学療法を行っている医師らとのカンファレンスで、「抗がん剤Aが効かなくなってきたので、次はBを予定しています。放射線も効きませんでした」というようなコメントがされるのだが、いまいちピンと来ず、「どうして知能があるわけでもないのに、がん細胞がそんなに防衛能力を高めるようなことができるの?」と漠然とした疑問があった。


期待の新薬!みたいに登場しているのに、なぜ効かなくなるのか?



脳外科,手術,髄膜腫
がんは進化している


上記のように、自分はいわゆる癌の専門家ではないが、現行の抗がん剤治療について、いろいろ納得のいく1冊だった。


癌は身体を作っている細胞の一部が暴走して増殖してしまうのだが、手術なり治療が必要な大きさ、見つかる大きさになった癌は、「全く同じ細胞からできているわけではなく、むしろ少しずつ遺伝子が違う多種類の細胞からできている」


もちろんどのがん細胞も、正常な細胞とは異なっているのだが、例えば小指の先くらいのがん組織に含まれる1億個のがん細胞があるとすれば、そのほとんどがお互いに異なっているということ。


ギャングの構成員が全員同じクローン人間でなく、一人一人の異なる個人から成り立っているようなものだ。

"効く抗がん剤"というのは、この中で最大勢力のがん細胞たちに効いて、それがMRIなりCTなりで「がんの縮小」として認識される。

「抗がん剤が効いて、がんが小さくなっていますね」という状態だ。


しかし、ギャングの中でも一番力の強い集団がいなくなれば、その集団のせいで冷や飯を食っていた、あるいは大人しくしていた別のグループの勢いが増す、ということが起こるだろう。


癌の組織でも同じで、抗がん剤が効く細胞がいなくなれば、残っているがん細胞のうち、抗がん剤に抵抗できる細胞に、大きくなるチャンスが訪れる(栄養や酸素が届くようになり、育つ環境ができる)


同じようなことは抗生物質でも起こり、強力な抗生物質を長期間用いると、もともと腸内にいる常在細菌が根こそぎいなくなって、その代わりに地味に潜んでいる菌が異常に増殖し、生命に関わるような腸炎を起こすことがある(偽膜性腸炎)。この偽膜性腸炎の菌は、抗生物質で選抜された菌なので、一般的に使用する抗生物質が効きにくく、かなり厄介になる。


これと同じく、癌のなかでも、そのようながん細胞の世代交代、勢力図の変化が起こっているというのだ。



「なんで、抗がん剤に抵抗できる能力があるの?」


抗がん剤は、ヒトの正常な細胞へは、できるだけダメージを与えないように作られているが、これはすなわち、ヒトの細胞に抗がん剤の毒性を中和・緩和できる能力があるということ。


がん細胞は本人の細胞からできているので、もともとのそのヒトの遺伝子が一セット(以上)持っている。そして、分裂を繰り返して何億にも増えたがん細胞の、少なくともいくつかには、抗がん剤を細胞の外に出すとか、染色体へのダメージを修復するような、正常な細胞ではたらいている遺伝子が含まれていてもおかしくない。


そういう細胞は、抗がん剤への耐性を持っていて、生き残ることができるはずだ。


癌の進化


がん細胞も分裂して増殖するたびに、少しずつ遺伝子の異なる細胞が生まれる。

正常に分裂する訳ではないので、このような変異が起こりやすいともいえる。


これらの性質が少しずつ異なる多様な細胞のそれぞれにとって、抗がん剤は「淘汰圧」になっており、生き残る細胞というのは身体の中で進化しているのだ。


「原発巣は落ち着いてるのに、脳だけ再発を繰り返す」ということがしばしば起こるが、これも抗がん剤との戦いによって、そういう能力を持ったがん細胞だけが選抜され、残っていると考えれば、非常に納得できる。

(脳には血液脳関門というバリアがあり、抗がん剤が届きにくい。その中で育てるのであれば優位とも考えられる)


抗がん剤が効かなくなる原因は他にもある。


以前は癌の組織をまるごとすりつぶして、増えているタンパク質などを解析し、効く抗がん剤を製品化していたのだが、この方法では、効く細胞/効かない細胞といった個別の情報は失われてしまい、結果的に効く期間が短い薬しか出てこなかったという。


この点については、癌の塊のどの部分にどのような遺伝子変異を持った細胞が分布しているか?というのがもっと細かい単位で分かるようになっているらしい。

どの部分にはどの抗がん剤が効き、別の部分にはどれが効きそうか、ということまで調べるとのこと。膨大なデータ量…。


その情報を元に、各遺伝子変異を標的にするような薬を組み合わせることで、より効果的な化学療法ができる可能性があるが、残念なことに、現在製薬会社が出している抗がん剤の多くが、同じような遺伝子変異を標的にしていて、カクテルにならないという現状も述べられている。


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もっと衝撃だったのは、(自分は比較的元気に生活していると思うが)自分の身体の細胞にも既に、がん細胞に見られるような遺伝子変異が多数見られ、複数種類の細胞からなるパッチワークになっているということ。

例えば食道の表面の細胞をとっても、遺伝子変異がいくつか既に起こっている複数の集団がパッチワークになって、見かけ上、正常に働いているらしい。


いくつ変異が積み重なると癌になるのかは分からないが、癌になる/ならないも、運次第なのだなと。(もちろん、喫煙や紫外線に曝露することで、リスクが上がるわけですが)


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最後の部分で、上記のよう3次元的な遺伝子変異を持ったがん細胞の集団毎に、数学的にモデルを作って、"効き過ぎない程度に"効く化学療法を短期間だけ行い、「庭の手入れをするように」癌の成長を抑えるこころみについて述べられている。


抗がん剤を、患者さんが弱り切らない程度に最大量使って、癌をやっつけるというのが抗がん剤の主流だ。(専門ではないので、もしかすると違うのかもしれません)


それを少量用いるという方法は、実は結構昔からあるのだが、それを遺伝子変異の情報を元に適性量/期間を設定して行うという方法で、これは最初に試す患者さんにとっては少し怖い部分もあるが、副作用を軽くできると考えると選択肢になりそうだ。


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著者は、遺伝学者ドブジャンスキーの言葉を引いて、「進化を考慮しない生物学は何も意味をなさない」というのはおそらく正しいのだろうなと思わせる、とても面白い内容だった。


(文中意見に係る部分はすべて筆者の個人的見解である。)

(筆者は転移性脳腫瘍も含めて脳腫瘍の治療は行っていますが、いわゆる"癌の専門家"ではありません)

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