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  • 執筆者の写真木村 俊運 @ 日本赤十字社医療センター

フローダイバーターステントにご注意

更新日:2023年10月9日

註:僕は開頭手術専門で脳動脈瘤についてもクリッピング(とバイパス手術)しか行いませんので、バイアスがあるかもしれません。


日本でも2015年からフローダイバーターステントというタイプのステントが使えるようになっています。


脳動脈瘤
フローダイバーターステント

ステントというのは、金属製の金網のような構造をしていて、使う前はカテーテルに収まるように折りたたまれているのが、血管の適切な部分に押し出すことで金網が開いて血管の壁に密着するようにできています。


動脈硬化によって起こる狭心症や心筋梗塞では、風船(バルーン)で血管を広げるだけだと、その部分がまた狭くなってきますが、このステント(金網)を追加することで、狭くするのを防ぐことができ、世界中で広く使われています。


脳の血管は、心臓の冠動脈と比べると細いことなどから、動脈硬化で脳の血管が狭くなっているような場合には、かなり限定的に(他に手段がないような場合に)使われてきました。


一方、主に高齢な方で、心房細動による塞栓症では、詰まっている血栓の中でステントを広げることで、血栓に金網をからませて、回収するという使い方がされています。


また、脳動脈瘤の場合には、動脈硬化で狭くなっている訳ではありませんが、そのままだとコイルを詰めにくい、あるいは詰めても正常な血管側にコイルがはみ出してくるような場合には、ステントを用いることで、コイルの収まりを良くしたり、詰められるコイルの本数を増やして、動脈瘤が残らないようにすることができます。

(しかし、特に表面に近い脳動脈瘤などでは、そんな難しいことをしなくても開頭手術なら簡単ですよ、という場合も多々あります


1世代前のステントは、金属自体が太かったこともあってか、使った場合は”一生”抗血小板薬を飲む必要がありましたが、現行のものは、少なくとも「死ぬまで飲み続けて下さい」ということは無くなったようです。(但し病院の方針にもよるかもしれないので、その辺りは担当医によく訊きましょう)


ちなみにステントを使ってコイルを沢山詰めても、再発するときは再発します。


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フローダイバーターステント(以下FDと省略)に戻ります。


FDはステントの仲間ですが、上記のステントとは違って、金網の編み目が非常に細かくなっています。そのため、動脈瘤ができている血管(母血管)の壁を完全に覆ってしまうことができます。


動脈瘤の入り口も完全に覆うことになるので、これは治癒する可能性が高くなりそうですが、実際には当初の期待ほどではなく、Pipeline for Uncoilable or Failed Aneurysms(PUFS試験)では(平均サイズ18.2mm, 108例)で完全閉塞率73.6%(4人中3人)、治療側の脳卒中が6例(5.6%)に起こっています。


米国で行われた小型動脈瘤(10mm未満)の研究(PREMIER)試験(141人)では、1年経過を見られた81.9%の患者さんうち、完全閉塞したのは76.8%。1年以内の脳卒中、それに伴う死亡が2.2%(死亡は1例)


大体7割強の患者さんで、動脈瘤の完全閉塞が得られると考えて良いでしょう。

(=3割の方では残ります)


大型、特に25mm以上の巨大動脈瘤では、場所によっては開頭手術もかなり大変なので、治療の選択肢があることは好ましいことです。


しかし、これらの試験に含まれている海綿静脈洞部内頚動脈瘤は、放っておいてもほとんど何も起こりません。(稀に、ものが二重に見えるなどの症状が出ます)


多くの未破裂動脈瘤の治療目的が、「くも膜下出血 (=突然死や重度後遺症の原因になる)を防ぐ」なのですが、海綿静脈洞部内頸動脈瘤の治療目的はそうではないのです。

(出血を起こすと、内頸動脈ー海綿静脈洞瘻という状態になりますが、いきなり亡くなるとか、突然重度後遺症になる、という疾患ではありません)


また、FDの治療適応が変わり、5mm以上の動脈瘤であれば、使うことができるようになっています。

しかしながら、10mm未満の動脈瘤で、治療がすごく難しい動脈瘤というのは、あまりありません。


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では、あえて2,000字越えのblogを書くほどの問題があるの?ということですが、このFDに伴う抗血小板薬の問題です。


未破裂脳動脈瘤でステントが必要な場合には、手術前後に抗血小板薬を2種類飲んでもらうことがほとんどです。


それはステントを使うことによって、手術の時やその後にステントの周りに血栓ができ、脳梗塞を起こすことがあるためです。


何度か言及している2020年の神戸市民病院からの論文でも、「ステントを用いた場合には、抗血小板薬1種類は一生飲むように」となっています。

実際には、普通のステントの場合には、上にも書いたように、半年くらいで飲まなくて良くなるようです。


しかし、FDでは、少なくとも1種類は一生内服、になっています。


神様や友だちの前で「一生幸せにするよ」と言っていても、毎年20万件以上の離婚がある昨今、薬だけは一生飲まなければいけない。

これはどういう業(ごう)なのでしょうか?


(病院によっては、1年くらいで終了にしてもいいのでは?と考えているところもあるようですが、世界的な標準としては一生内服ですし、特に内頚動脈のような太い動脈でステントが詰まると、大きい脳梗塞を起こすリスクがあります。)


適正使用ガイドライン(2020年9月)においても「適切な抗血小板薬の使用方の策定が、今後の重要な課題であることは間違いない」となっており、患者さんが何十人か、リスクを冒して、止めていいか調べることになるのかもしれません。


抗血小板薬自体にもリスクがあります。






病気は未破裂脳動脈瘤や脳卒中だけではなく、例えば、がんができて手術が必要なった場合、抗血小板薬が止められないということになると、結構面倒なことになるし、頭以外の手術でも、ドレーンから出血が続くので抗血小板薬(抗凝固薬)を再開できない、ということは、実際起こります。


未破裂脳動脈瘤の治療というのは、あくまでくも膜下出血だけに対する予防治療になるので、特に余命の長い、若い患者さんの場合には、他の病気になったり、薬を手に入れられなくなる可能性まで考えて、治療を検討すべきだと思います。


(文中意見に係る部分はすべて筆者の個人的見解である。)


治療をお勧めする未破裂動脈瘤についてはこちら


補足1

例えば、脳卒中学会誌 (2022 年 44 巻 1 号 p. 12-15) の症例報告。

本来、ほとんど出血しないとされている、"無症状の"海綿静脈洞部内頚動脈瘤(大きさは11.5mm)にFDを使ったら3週間後に出血して、コイルを詰めた、という報告。

単なる合併症ではなく、珍しいものなので報告されています。


これを読んだ血管内治療医への警鐘となる効果も期待できるので、きちんと報告したことは評価されますが、どうして治療に至ったか?という点については


脳動脈瘤, 合併症, 後遺症
「一定の割合」はどれくらいの割合なのか?

きちんと説明したら意味があるかどうか分からない治療を強く希望するでしょうか?

"一定の割合"で、物が二重に見えるようになるなどの危険性があるので、FDを入れられて一生抗血小板薬継続(?)


本当に必要なFDはほんの一部と考えられます。東大などオンラインでセカンドオピニオンを受けられるところもありますので、利用してみてはどうでしょう。

(COIはありません)



補足2 「FDを入れても抗血小板薬を止めても良いんじゃない?」という意見もあるようです。

「止めて脳卒中を起こすのは○%くらいですよ」と説明されるのかなと思いますが、○%程度の確率のくも膜下出血を予防するためにFD入れるのでは?など、いろいろ興味深いです。


補足3 ホームページ経由で、FDを入れたら、抗血小板薬を内服していたにも関わらず治療後すぐに内頸動脈が閉塞して、麻痺・言語障害の後遺症が起こったというご相談をいただき、内容を若干変更し、「合併症」のタグを追加いたしました。

そのご家族から、フローダイバーターステントのリスクなどに関して書いてあるサイトが見当たらなかったということでしたので、デメリットを強調した内容になっています。

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