top of page
  • 執筆者の写真木村 俊運 @ 日本赤十字社医療センター

脳出血の低侵襲治療(?)

脳内出血は脳梗塞ほどは新しい治療、というのがありません。


脳梗塞の場合は、脳の動脈が詰まってから、神経細胞が死んで後遺症が確定するまで時間があることが多いので、その間に薬剤を投与するとか、詰まった血栓を取りのぞくという選択肢が取れます。

一方、脳内出血の場合は、出血で壊れた部分は元に戻らないので、それ以上出血を大きくしないことが主目的で、そのために血圧を下げたり、止血剤の点滴を行ったりします。


多くの場合、病院に到着した時点では、いったんは出血が止まっていることが多いですが、時々、出血が止まっていない場合があり、その場合には救命目的に緊急手術が必要になることがあります。


また出血量が多く、周囲の正常脳組織を圧迫しているために、麻痺や意識が悪くなっているような場合には、周りの組織の機能を回復を目的として手術を行う場合もあります。


多くの研究から、出血を取りのぞいても、後遺症には差が無いということで、海外では脳内出血の手術は一般的ではなく、特に被殻出血や視床出血といった脳の深部(基底核)という部分の手術には否定的な意見が多いようです。


前に勤務していた病院で、脳内出血に関する国際共同研究(STICH II)に参加したことがありますが、それも脳表に近い出血のみを対象にしていました。

先行研究であるSTICH研究で、「基底核出血は手術をしても、内科的治療と比べて生命予後も後遺障害も改善しない」という結論になっていたためでもあります。


我々が参加したSTICH II研究では、脳の表面に近い血腫については、「早期に取り除くことで、予後が改善する傾向が見られた」という結果でしたが、印象としては「そんなの当たり前でしょ」という感じです。


脳内出血の場合、というか開頭手術、外科治療全般にそうですが、結局、術者の技量の影響が大きいという側面があります。

つまり、どう開頭するかはともかくとして、どうやって正常な脳にダメージを与えずに血腫だけを取り除くか、とか、出血点を確実に止血するというのは、比較的顕微鏡手術の初期に学ぶことではありますが、やはり技量の差が出てしまうわけです。

多施設研究となると、もうそれこそ玉石混交で、自分も含めてその結果には「下手だからでしょ」と疑問を持ってしまうわけです。


(例えば米国でも多くの脳外科医は、定時手術が主体の脊椎専門の外科医が多く、緊急の脳卒中は比較的若い医師が行うという側面があるかもしれませんし、英国のようになかなか手術予定が入らない国では、そこまでマンパワーが回らないのかもしれません。)


*************


そこで、手術方法を「低侵襲な」方法に統一すれば、手術による予後改善効果が得られるのではないか、という研究がNEJMに出ていました。


Pradilla G, Ratcliff JJ, Hall AJ, et al, ENRICH Trial Investigators.

N Engl J Med. 2024 Apr 11;390(14):1277-1289. doi: 10.1056/NEJMoa2308440. 


(またか?)と思いつつも、「低侵襲な(minimally invasive)」というところに興味を持って読んでみました。


そもそも「何を持って『低侵襲』とするか」についても議論があるところなので、また別の機会に考えたいと思いますが、この研究での低侵襲手術は

  1. 頭蓋骨に孔を開けて、管を入れて薬剤を注入し、血腫を溶かして排出する。

  2. 脳に太い注射器みたいな筒を突き刺して、そこから操作して血腫を取り除く

という方法でした。


脳外科手術, 脳卒中, 未破裂動脈瘤
この筒を脳に刺して、血腫を取り除く

1.の方法はかなり昔から行われている方法で、慢性期に自然に溶けた血腫を排出したりという方法もなされていたことがあります。


後者は、日本でも使用可能似た器具がありますが、(そんなに太いものを突っ込んで大丈夫なの?)という類のもので、低侵襲という概念が、研究者によって異なることがよく分かります。


結果、この研究では基底核出血(被殻出血)も途中で組み入れしなくなっていて、予後が変わらないということだったようです。

それ以外の表面に近い出血(皮質下出血では)、発症6ヶ月時点で外科手術群の方が予後が良かった


*************


脳内出血の手術で「何をもって低侵襲とするか」以前に、大前提は、術後に出血させない、術前より悪くしないことです。


当たり前だと思われるかもしれませんが、例えば上記①の方法では、血腫に入れた管からrt-PAという、血栓を溶かす薬剤を注入して、血腫を溶かのですが、その際に出血を起こした動脈からまた出血させる危険性があります。

そういう意味では②の方法の方が、確実に止血できそうに思われます。

この研究では3%(5例)に術後出血が見られたようです。


また、脳の中に出血しているため、血腫に到達するためには脳に少し穴を開ける必要があります。もちろん、正常な人には許されない操作ですが、取り除くべき血腫や出血点の処理の重要性を考慮して行うわけです。


その穴にしても、脳内出血によって脳が薄くなっている部分で、最も後遺症に繋がらない部分を選ぶのが「低侵襲」と考えますが、この②の方法については、自分の臨床からすると、「そんなことが許されるのか?」レベルの話でした。


もちろん、最初に述べたように、脳内出血では、病院に到着した時点で壊れている部分についてはどうしようも無いわけですが、こんな治療じゃ良くなる人も良くならん、という研究に思われました。


*************


脳内出血に対しては、日本では比較的多くの施設で、もっと低侵襲に内視鏡を用いた血腫除去が行われています。これは小指より少し細い程度の管を表面から血腫に刺して、その筒を通して血腫を取り除き、内視鏡で「ちゃんと見て」出血点を止めてくるものです。

止血も確実にできるため、術後出血のリスクもかなり低いと考えられます。


全例で内視鏡が良いのか?というとそういう訳では無く、一般的な開頭手術の方が、実は脳を傷めないというケースも多いため、ケースバイケースで使い分けることが重要です。


*************


そもそもの話でいえば、脳内出血の(全てではないにせよ)多くは高血圧を放置していなければ防げるものです。


高血圧のガイドラインには130/80を目指しましょうとされています。多くの研究の結果からは、そうすることで長期的には心筋梗塞や心不全、脳卒中が起こりにくくなることが知られていますが、正直、心筋梗塞も心不全も脳梗塞も、年を取れば起こってくる、老化現象の一種です。


一方、脳内出血は40代50代(場合によっては30代でも)の方でも起こり、その後何十年も後遺症を背負って生きていく、もしくはそういう年齢で亡くなってしまうことも多いです。


そういう方で、例えば健診での血圧が150/90くらい、という方はあまりおらず、180/100とか200/110と言われていた方が多いのです。


久山町研究で180/110を超えていると、”1年あたり”6人に1人脳出血を起こすという結果も出ているようですが、6人に1人というのはまさにロシアンルーレット。


なので、180/110を超えている方は、是非是非、とりあえず薬で血圧を下げてほしいと思います。

40代〜60代であれば、生活習慣を改善することで内服薬無しになる方も多いですが、まずは薬で血圧を下げて脳内出血のリスクを下げてから、生活改善していただければと思います。


(文中意見に係る部分はすべて筆者の個人的見解である。)

最新記事

すべて表示

くも膜下出血を起こさない脳動脈瘤

一般的に大きさ5mmというのが(日本人では)治療を考える上で一つの基準になりますが、サイズが大きめでもくも膜下出血のリスクは高くないという部分もあります。 代表的なものに『海綿静脈洞部内頸動脈』にできる動脈瘤があります。 どうしてくも膜下出血を起こしにくいのか、というかほとんど起こさないのですが、もちろん理由があります。 くも膜下出血を起こす場所ではないからです。 脳は頭蓋骨の内側にあるわけですが

bottom of page