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  • 執筆者の写真木村 俊運 @ 日本赤十字社医療センター

21 Lessons

サピエンス全史、ホモデウスのYuval Harari氏の著作。



著者は情報技術の発達、生命科学の進歩と貧富の差の拡大によって、人々のあいだに大きな分断が起こることは避けられないと考えている。それに派生して起こってくる、あるいは起こっている問題に対する「考え方」を提案している。


Lessonsではあるが、答えを提示するような本ではなく、「そういう見方もあるな、でもこうじゃない?」という思考を誘発させる本だ。


たとえばPost truth。あるいはfake newsが問題になっているが、人類が、人々をまとめ上げて組織・国家を作るには、現実をありのままに捉えるだけでは不十分であり、ストーリー(=フィクション)を作り上げる能力が重要だった。

fake newsもフィクションと同じである。


「If you want power, at some point you will have to spread fictions.」


嘘の話も1ヶ月ならfake newsだが、1000年続けば立派な宗教だと述べる。

”お金”がfictionであることは、いろいろなところで言われている。これもただの印刷された紙に過ぎないが、皆がものと交換できるというfictionを信じている限りにおいて、価値がある。

つまり我々は部分的にでも、フィクションやfake newsを必要としてきたということなのだ。


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医療について言えば、「神の手(God hand)」外科医というのも「そうあってほしい」という願い、fictionだろう。

脳外科では、今は大半の手術は、神の手でなくても予定通り(手順通り)治療を行えば、だいたい予定通りに終わるようになっている。

(そうでないと、少なくとも解剖など科学的観察を元ににしている西洋医学は成り立たない。)

その一方で、ヒトは一人一人異なっており、同じ病気でも、元々の素地・遺伝的な要因や、環境要因によって修飾され、異なっている。

たくさん手術を行っている外科医は、経験によって「線路から外れそう」な雰囲気を察して修正するのだが、1000件手術して1000件全く問題なし、ということは残念ながらありえない。

そんなことは誰もが分かっている(?)のだが、世の中に「神の手」を持つ外科医がいるのなら、その人に切ってもらいたいと考える。

自分でもそう思うし、下手な外科医には手術されたくない。


ひとりの外科医としては(誰ということではなく)「神の手」を目指すわけだが、

「自分がやれば100%大丈夫です」と内心思っている手術でも、「1%弱のリスクがあります」「リスクはゼロとは言えません」としか言えない小心者としては、せめてgood handであるよう努力するしかない。


(文中意見に係る部分はすべて筆者の個人的見解である。)


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