名郷直樹「医療の現実、教えますから広めて下さい」
1990年以降、根拠に基づく医療(Evidence based medicine, EBM)、ということが広く言われるようになったが、EBMの草分け的存在の名郷先生の本。
日本の医療はとかく「論理」を重視しがちであり、現象としての事実が軽視されがちであることを、明治時代のかっけ論争から色濃く残っていると指摘している。
つまり、本来「患者さんが治る(or悪くなる)」という事実を重視すべきであって、論理(科学的な根拠)は、むしろ後付けでも構わないだろう、ということだ。
そこで、緩和医療、ビタミンの有効性、糖尿病の治療、抗癌剤などに関して、ランダム化比較試験の結果から患者さんにとっての最善手について述べられている。
特に糖尿病治療については、「アタマで考えた論理」が重視されていて、本来重視すべき指標、つまり腎症、網膜症、末梢神経障害、および死亡に良い影響を与えているかどうかによる判断がなされていない、と批判する。
つまり、血糖をコントロールして、HbA1cの上下に一喜一憂することに意味はなく、結果として人工透析や失明を防げるかどうかが重要ということだが、頑張ってHbA1cを6.0まで下げても、予後は変わらないばかりか、7.0くらいにやや緩めのコントロールにする方がよいことが大規模研究からは示されている。
しかも、内服治療についてははメトホルミンという、結構前からある(=価格が安い)薬、1種類でコントロールする方が、予後が良く、それを上回る成績は出ていない。
実際、海外の糖尿病治療ガイドラインではメトホルミンが第1選択とされているが、日本のガイドラインでは、いろいろ場合分けがされており、その辺りは違うようだ。
メトホルミンには乳酸アシドーシスのリスクがあり、安全性に疑問があるという意見もあり、自分もそう思っていたが、その頻度は10万人あたり4.3人以下とされており、かなり稀。
血糖値のコントロールは、手術に絡むと非常に厄介になることがあるため、糖尿病科の先生にもお世話になることは多いのだが、慢性期の治療に関しては、実際にはあまり数値にこだわらない方が、長期的な予後はよいということかもしれない。
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本書では、「がん検診は受けた方が良いのか」についても述べられている。
近藤誠先生の主張とつながるところもあるが、大腸がん、子宮頚癌は比較的"健診の価値がある"としている。
つまり、つまり大腸ポリプのような、自分で自覚症状がない前癌病変が癌になることがほぼ明らかになっているものということだろう。
(子宮頚癌に関してはもちろんワクチン摂取がもっとも重要)
では「脳ドックは受けた方が良いのか」と考えるとどうだろうか。
この本では、肺癌のCT健診について、15年以上の喫煙歴のある人、つまり肺癌のリスクが高い人に対して胸部CTによる健診を行うと、6.5年で0.3%の肺癌による死亡が0.25%まで減るという程度の効果があった、という研究をもとに、「あくまで肺癌の危険が高い人に限って検討すべきがん健診と言える」としている。
脳ドックには、この手の研究は、ない。
くも膜下出血自体が10万人あたり、20-50人程度しか起こらない病気なので、脳ドックを受けた人とそうでない人を比べる、という研究は行いづらく、今後も難しいだろう。
脳ドックを受けてくも膜下出血のリスクが高い動脈瘤がみつかる頻度は「千三つ」レベルだが、ご家族にくも膜下出血の方がいたり、高血圧を長期間指摘されている、喫煙歴が長いなど、リスクが高い方は、一定程度事前確率が高くなるので、受ける方がよいのかもしれない。
(文中意見に係る部分はすべて筆者の個人的見解である。)
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