アルツハイマー病の治療薬として、レカヌマブが承認され、外来の患者さんにも「あの薬ってどうなんですか?」と訊かれることが増えている。
そういう質問される方は、土地柄もありますが、企業の重役だったり自分でビジネスされていたりする、情報感度の高い、冴えている方が多いので「少なくとも、○○さんには不要な薬だと思いますよ」と答えることが多い。
レカヌマブはアルツハイマー病の原因とされているアミロイドβプロトフィブリルに対する抗体で、これを分解して脳内に蓄積しないようにすることで、認知症の進行を抑える、とされている。
プロトフィブリルというのは、身体の中にはいろいろな線維(例えばコラーゲン)があるが、線維の元が集まって、最終的にコラーゲンとかアミロイドβと呼ばれる物質になる前段階の物質を指すらしい。
個人的には、レカヌマブの前に出たアデュカヌマブも含めて、”認知症進行予防”効果についてはかなり懐疑的だ。
そもそも「アミロイドβが原因」というのもひとつの仮説に過ぎない。
そこで、レカヌマブの承認に合わせるかのように出版された、カール・へラップ「アルツハイマー病研究、失敗の構造」を紺野大地先生がお薦めしてくれていたので読んでみた。
正直なところ、『「アミロイドβが原因」というのも仮説に過ぎない』ということは知っていたが、では「なぜアミロイドβ仮説なのか?」「他にはどういうメカニズムが考えられているのか?」という点については、興味はあっても専門外なので、もやもやしていたのが、かなりスッキリした。
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内容としては
アルツハイマー病は、もともとは1906年に亡くなった”若年性”認知症の女性をアルツハイマー医師が報告したことから始まった。
51歳で発症したこの患者さんが亡くなり、病理解剖すると、脳にアミロイドプラーク(老人斑)と神経原線維変化という所見が見られた。
アルツハイマー医師の上司、Dr.クレペリンは、「精神症状はその原因となる器質的な問題が脳に存在するはず」と考えており、この”若年性”認知症の症例報告を元に、教科書『精神医学総論』にひとつの病気として載せてしまった。
実際には、アミロイドプラークも神経原線維変化が、アルツハイマー病の原因でどうかは分かっておらず、別の原因があって、その副産物の可能性も十分ある(が分かっていない)。
その後老齢人口が増えるに従って、認知症を患う患者さんの数が増えてくると、「なんとかしなければ」ということで、この分野の研究が盛んになる(具体的には、研究費が増える)。
若年性認知症に対して付けられたアルツハイマー病という病名が広く、老齢期の認知症にも広げて診断されるようになった。
予算の割り当てに携わる権威が「(アミロイドβがアルツハイマー病の原因とする)アミロイドカスケード仮説」以外には研究費を出さない、あるいは出し渋ってきた。
結果として、それ以外の仮説は検証されづらい状態となってきたし、当然治療手段の開発には至っていない
ということだった。
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実際にアミロイドカスケード仮説が否定的と考えられる根拠がいくつか示されている。
まず実際に、認知機能が正常な高齢者を、無作為に100人選ぶと25〜30人にはかなりのアミロイドプラークが認められる。
(レカヌマブの治療対象としてPETでアミロイドの蓄積を調べることになっているが、健常な高齢者でも3割くらいの方でアミロイドは蓄積しているということ)
MCI(軽度認知障害)がある人でアミロイドが蓄積している人は、そうでない人より認知症に移行する期間が短いが、「全体で見ると、生きるうえでは脳にプラークがないほうが望ましいものの、それほど大きな違いはないということである」(p177)
また、ネズミの脳にアミロイドβを発現させて、それに対する抗体で、その蓄積したプラークを無くせるようになったのは20年も前のことらしい。
しかしこの脳にプラークを発現させたネズミは、脳内にプラークが大量にあるにも関わらず、行動パターンは普通のネズミ変わらない。
しかもプラークに対するワクチンを投与すると、認知機能は”戻る”。
(レカヌマブなどの薬は、”進行予防”であって、機能は戻らない)
つまり、アルツハイマー病の動物モデルは、(プラークを消されたりしているが)モデル動物としては適切ではなく、ネズミのプラークを消せる→ヒトでも消せたとしても、アルツハイマー病の薬になるとは言えない。
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著者は、本の後半で、アミロイドカスケード仮説以外の仮説をいくつか挙げているが、正直なところどれが有望なのかは自分には判断ができない。
また基礎研究者にとっては研究費の確保は至上命題であり、この著者も研究費分配という政治に関わる当事者であるため、あえてアミロイドカスケード仮説の価値を低く書いている可能性もある。
しかしながら著者らが指摘するように、そもそも40代、50代で発症する認知症は確かに恐ろしい病気だが、例えば後期高齢者になってから起こってくるのは同じ病気ではなく、老化現象の1側面という可能性も十分ありうる。
(もちろんそれは怖いことではあるが、メカニズムが全く異なる可能性がある)
「金さん銀さん」と親しまれた100歳の双子も、メディアに取り上げられる前は認知症の兆候が出ていたのが、テレビに出だして冴えてきたという話もあるし、一日中、やることもなくワイドショーを見ているとか、脳トレしている"だけ”では、そりゃ脳も萎縮するでしょう、としか思えない。
少なくとも最初に出てきたような外来でお会いする方に関しては、仕事なり趣味なりを真剣に続けるのが認知症予防には一番良いのではと思っている。
(文中意見に係る部分はすべて筆者の個人的見解である。)
レカヌマブの負の側面については、プレジデントオンラインに寄稿された筒井先生の論説が非常に参考になります。
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