「わたし」を作り出しているのは神経細胞の接続パターン(配線)である、という本だが、
青木薫さんが訳している本ということで読んでみた。
何年か前に話題になったが、脳の切片を自動で切り出し、電子顕微鏡で撮影して、連続画像を作成する。
それによって、シナプスレベルで立体構造を理解しようというプロジェクトが走り出したというニュースがあった。
本書の中でも触れられているが、まず連続切片を自動で作成して、順番を間違えずに撮影するだけでも、かなりすごい技術だ。
それを積層して3次元の像を造るという話で、ラットの脳でも、巨大なデータになる。
ましてそれを人間でやろうというのだから、最先端でやっている科学者はぶっ飛んでいるな、という感想を持った。
著者のスン博士は、シナプスレベルで解剖構造が分かれば、いや、脳全体の構造がシナプスレベルで分からなければ、自我(=意識)を作り出す仕組みが分かるはずがない、とまで言っている。
しかし、一方で、生身の脳を相手にしているものにとっては、「そこまでの細かい構造の話が必要?」というのが正直なところだ。
脳外科の手術では、特に悪性腫瘍では、脳の一部を切り取らざるを得ないことがあるが、たとえば右前頭葉の前半分が無くなっても、その患者さんが別人になるかというと、そうはならない。
またバイパス手術などで、血管から枝分れする細い枝を切らざるを得ないことがあり、運が悪いとその部分に小さい梗塞ができることがある。(実際には細い枝でも温存するようにしています。)
まれにMRIで検出できるような脳梗塞が生じることもあるが、(この、マウスの脳全体の1/6くらいのサイズの脳梗塞が起こっても、) ヒトの場合は症状として表れることはまずない。
もちろん性格が変わるようなこともない。
つまり、脳というのは非常に精緻な構造で、複雑な情報処理を行っているのは確かなのだが、人の脳、特に大脳はかなり余裕のある構造をしており、シナプスレベルで人の脳の3次元構造を得ることが、その理解に直接繋がるようには感じない。
むしろ、何層かの神経細胞群をモジュールと見立て、その相互作用・接続について調べることの方が、実際に頭の中で起こっていることのように思えるし、少なくとも臨床的には有用なように思う。
(もちろん著者はそのような接続の重要性について述べている。ただし、単一のニューロンがジェニファー・アニストンに反応して興奮することを何度も引用し、やはり単一ニューロンレベルでの解析が必要と考えているようだ)
代表的なモジュールレベルで微細構造が分かれば、実際には十分なのではないだろうか。
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また著者はコネクトーム、つまりシナプスレベルのニューロンの接続が分かれば、その情報をコピーすることが可能になるとしているが、これについても、かなり論理と技術に飛躍がある。
つまり、シナプスレベルでは、この文章を打ち込んでいるその瞬間でさえ、僕の脳には変化が起こっていると思うが、それを同時に(ナノメートルレベルで)記録・コピーできなければ、意識をコピーできたとは言えないのではないだろうか。
まして、(死後)固定した脳のコネクトームから記憶や人格情報を再構成するというのは夢物語のように思われる。
たた、科学の進歩はそういう夢物語と、執着心がもたらす飛躍によって起こってきたということを考えると、目標は遠くに置く方がよいということなのかもしれない。
(文中意見に係る部分はすべて筆者の個人的見解である。)
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