脳神経外科 木村 俊運のページ
脳外科手術をより安全に
どのような動脈瘤がくも膜下出血を起こすか
「どのような動脈瘤が出血しやすいか」という疑問は、多くの脳外科医が気になるところでもあり、以前から多くの調査が行われおります。
日本人を対象とした調査もいくつか報告されています。
(人種差があることが知られており、日本人、フィンランド人は出血率が高いとされています。)
その中で、複数の施設が参加して行われた代表的な調査が2つあります。
(治療の根拠に関することなので、細かいことはいいから、どういう動脈瘤が出血しやすいか=治療する方がいいの? という方はこちら。)
一つは国立病院機構が行った調査で、従来、くも膜下出血を起こす危険は少ないと言われていた5mm未満の動脈瘤を治療を行わずに経過を見た、という研究です1。
この研究は、途中で大きさが大きくなってきたものを除き、原則手術(開頭手術、カテーテル手術)を行わずに経過を見たものです。
その結果、5mm未満の”小さい”未破裂脳動脈瘤がくも膜下出血を起こす危険性は、動脈瘤が1個だけなら0.34%/年、つまり1年間に同じような動脈瘤を持っている人が300人いると1人だけ出血を起こすということです。(2つ以上の複数の動脈瘤があると、0.95%/年)
別の見方をすると、年間1件のくも膜下出血を予防するために300人が手術を受ける必要があるということです。
注意が必要なのは、対象となった446人のうち53人は途中で連絡が取れなくなっていることと、10人は途中で動脈瘤が大きくなってきて、出血の危険性が高いと考えられたため治療されているということです。
また出血の危険を増す原因として
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大きさが大きいもの(3mmよりは4mmのものが出血しやすい)
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年齢が50歳未満
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動脈瘤が2個以上ある
が重要であると報告しています。
(出血した方が7人と少ないので、統計学的には疑問があります)
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もう一つの調査は、日本脳神経外科学会が中心となって5720人の未破裂脳動脈瘤を持つ方を登録して、調査したものです2。
この大規模な調査の結果、大きさ・場所・形などを全部ひっくるめると、出血の危険性は0.95%/年という結果でした(1年あたり100人に一人)。
一見すると、前述の5mm未満で2個以上の動脈瘤を持っている方の出血率と同じです。
この調査では、登録後、手術(開頭手術、カテーテル手術)を受けられた方がおり、登録後 (多くは"見つかってから") 3ヶ月以内に2400人弱が治療され、1年後まで治療せずに経過を見られている方は最初の半分程度でした。そのため、全体で考えると、経過を見られている期間は平均1年程度に過ぎません。
動脈瘤は、いったんできると無くなることはないため、長期的に大丈夫かどうかをこの調査から判断することは難しいといえます。
しかし、この比較的短い観察期間のなかで、治療されているものがあるにも関わらず、5720人のうち111人にくも膜下出血が起こっており、出血しやすさ、に関しては重要な知見が得られています。
それは
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大きさが大きい動脈瘤は出血しやすい
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特定の場所にできた動脈瘤は出血しやすい
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形がいびつなものは出血しやすい
ということでした。
1. Sonobe M, Yamazaki T, Yonekura M, Kikuchi H. Small unruptured intracranial aneurysm verification study: SUAVe study, Japan. Stroke. 2010;41(9):1969-1977.
2. Morita A, Kirino T, Hashi K, et al. The natural course of unruptured cerebral aneurysms in a Japanese cohort. N Engl J Med. 2012;366(26):2474-2482.
この2つの調査以外にも、高齢や合併症などを理由に治療されなかった動脈瘤を追跡し、出血率を調査した報告があります。
これらの調査をまとめると、くも膜下出血の危険因子として、
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動脈瘤が大きい (5mm以上)
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特定の場所(動脈瘤の場所によって出血の危険性が異なる)
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形がいびつ
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血圧が高い
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検査を繰り返しているうちに大きくなっている
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自分がくも膜下出血を経験している
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家族にくも膜下出血を起こした方がいる
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年齢(高齢の方の方が出血しやすい)
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喫煙
が挙げられています。
動脈瘤のできている場所に関しては、報告によって差がありますが、前交通動脈、脳底動脈先端部という頭の真ん中付近にできるもの、内頚動脈-後交通動脈分岐部動脈瘤という心臓に近い部分が、出血の危険が高いといわれています。
*中大脳動脈という比較的脳の浅い部分にできる動脈瘤は、未破裂脳動脈瘤として見つかる動脈瘤のおよそ1/3を占め、くも膜下出血の原因部位の30%になっています。
しかし中大脳動脈瘤が出血の危険性が高いとする報告はありません。
この部分は脳の表面に近いため治療リスクが低く、上記のような調査では "治療されてしまうため"長期に経過観察されることが少ない可能性があり、注意が必要です。
私自身も、勤務先病院で未破裂脳動脈瘤と診断された患者さんの記録を用いた研究を行い、「過去の観察研究の出血率は低すぎる可能性がある」ことを、論文で報告しました。
J Neurosurg. 2019 Mar 8:1-6. doi: 10.3171/2018.11.JNS181781. [Epub ahead of print]
How definitive treatment affects the rupture rate of unruptured cerebral aneurysms: a competing risk survival analysis.
Kimura T, Ochiai C, Kawai K, Morita A, Saito N.
論文の内容に関しては、やや専門的ですがブログで説明しております。
■治療適応・方法の選択
未破裂脳動脈瘤の治療については、上記のような報告に基づく出血の危険性、脳卒中治療ガイドライン、および個別の患者さんの全身状態などにより根治的治療(開頭クリッピング術、カテーテル手術)、もしくは経過観察(および危険因子に対する治療)を行います。
【治療をお勧めする動脈瘤】
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治療による合併症のリスクが低い(許容範囲であること)
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5mm以上のもの
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前交通動脈瘤の場合 5mm未満でも治療をお薦めする場合があります
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年齢に関しては、実年齢以上に1人1人に差が大きく、個別に判断しています(概ね75歳未満で、基本的に健康であること)。
根治的治療が望ましいと考えられる場合には、さらに個別に、開頭手術がよいか、カテーテル手術が良いかを考えることになります。
本ページの内容は前職(NTT東日本関東病院)在職中、ホームページ上での情報提供のために作成した内容を改変・修正・加筆したものです。