妄想
- 木村 俊運 @ 日本赤十字社医療センター

- 8月10日
- 読了時間: 4分
更新日:8月12日
A「ここの静脈、なんていう名前?知らないの、condylar emissary veinっていうんだよ。人によっては結構出血するから、きちんと処理してね。丁寧に出せば、こうやってバイポーラで凝固して、切れる。ま、出血してもボーンワックス塗り込んで、サージセルとか当てておけば止まるけどね」
そう言いながら、先生はその奥にある膜のような組織に圧をかけて切り開いた。
ナビゲーションは、後頭蓋窩の手術では、位置合わせがしにくいし、髄液が抜けるせいで不正確になる。だからこういう正常解剖の情報が重要だ。
A「ここがoccipital condyle. 後頭骨とC1との関節で、ここを削り過ぎると、頸がぐらぐらになるから、絶対後ろ1/3以上削ってはいけないよ。」
先生は3mm, 2mmとドリルのサイズを小さくし、このcondyleというツルツルした面を削り足していく。
A「こうすることで、下位脳神経の下側から斜台が見えるようになる。狭い範囲だけど、髄膜腫みたいな良性腫瘍なら、取れる」
先生は硬膜切開をS状静脈洞に沿って、頭方向に切り足した。
大槽の厚いくも膜が見える。顔面痙攣の手術では硬膜に張り付いている副神経が、髄液腔に浮かんで見える。
A「こういう術野見たことある?オレもあんまり無いけど、これが下位脳神経ね。生理検査技師さん来ている?神経刺激器ください。0.1ミリアンペアで」
先生が副神経を刺激すると、僧帽筋が収縮して肩が動く。神経刺激装置は正しく働いているようだ。
A「これはどうですか?」
生理検査技師「右の声帯に反応、あります」
A「まあ、下位脳神経がもろに見えているから、反応あるのはあたりまえなんだけどさ」
と言いながら、先生は顕微鏡の角度を変えて下位脳神経と小脳の間を鋭的に剥離した。
A「このつぶつぶは何?そう、脈絡叢だね。どこから出てるの?ルシュカ孔だよね」
先生は助手の返答も待たずに術野を移動し、さっき削ったcondyleの方向から奥に顕微鏡を合わせ、倍率を上げた。
A「ふう、ここから大変なんだよ」
先生は小さな深呼吸をして、気合いを入れ直すと、顕微鏡の倍率を上げ、迷うことなく正面に見えている黄色っぽい組織の表面にバイポーラをあて、四角形に凝固した。そして、バヨネット型の長めの剪刀を使って凝固した部分を切り取り、迅速病理に提出した。
A「ん?、髄膜腫だと思っていたけど、これは神経鞘腫っぽいね。髄膜腫だったらもう少し血が出るし、線維性の組織がある。神経鞘腫も血が出るタイプはもっと出るけど、この辺は壊死しているんだろうね。こういう黄色い組織はね。キューサ(CUSA)あるかな?え、無いの?じゃ用意して」
先生は手際よく、手元にある道具で、腫瘍を切除していった。ABR(聴性脳幹反応)は伸びていない。このアプローチは聴神経にはあまりストレスが加わらないって、術前、先生が言っていたけど、たしかに聴神経を引っぱる方向じゃないみたいだ。
しかし、この下位脳神経の下側だけの限られたスペースで、何度も正確に道具を出し入れするなんて、さすがだ。
A「こういう固さの腫瘍はCUSAが非常に有効なんだよ」
CUSAの先端で黄色く柔らかい腫瘍が分解され、吸引管に吸い込まれていく。僕もMRI所見は髄膜腫だと思ったけど、たしかに神経鞘腫なのかな。としたら何神経鞘腫?外転神経麻痺は無かったし、聴神経はCISSで別のところにあったよな。
「先生、これ、何神経鞘腫ですかね」と聞いてみた。
A「たしかにね。外転神経鞘腫にしては複視もないしなあ。異所性神経鞘腫っていう症例報告が何報かあるから、それかもしれないね。」
(トゥルルルル、病理です。○○さんの手術室ですか?提出された検体ですが、腫瘍細胞はありません)
A「え、そんなはずはないと思うけど、表面すぎたのか?スミマセン、もう1回出します」
病理を待っている間に、結構取れている気がする。いま、7時間くらいか。
(トゥルルルル、病理です。今回の検体も腫瘍細胞はありません)
A「…」
どういうことだろう。結構、中の方の組織を出していると思うんだけど。向こう側にはくも膜っぽいのが見えているし。こころなしか先生も焦りがあるのかな?
A「ABR大丈夫?」
生理検査技師「変わりないです。振幅も変わりません」
A「神経鞘腫だったら、残っててもそんなに大きくならないし、ガンマナイフも効くから、これくらいにして閉じようか。」
先生は手際良く、細い血管を止血していく。
A「じゃあ閉じます。デュラジェン出してください」
※特定の個別事案の手術記録や事実関係をそのまま再現したものではなく、一般的な解剖指導やアプローチの雰囲気を描写したイメージです

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