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硬膜動静脈瘻 - 低侵襲とは?

  • 執筆者の写真: 木村 俊運 @ 日本赤十字社医療センター
    木村 俊運 @ 日本赤十字社医療センター
  • 16 分前
  • 読了時間: 6分

硬膜動静脈瘻という比較的稀な病気があります。


硬膜動静脈瘻, d-AVF, dural AVF
静脈が禍々しい見た目

硬膜というのは頭蓋骨の内側を覆っている”硬い”膜ですが、この膜にも生きている細胞がいて、血管が入りこんでいます。

また、脳から心臓に戻る血液は静脈洞と呼ばれる太い静脈を通って頭蓋骨の外に出て行きますが、この静脈洞は硬膜に覆われています。

硬膜動静脈瘻は、この静脈洞に、硬膜を栄養している動脈(硬膜動脈)が直接流れ込む病気です。

(正確には静脈洞に小さな袋(パウチ)ができて、そこに動脈血が流れこんでいます。)


硬膜動静脈瘻があっても、何も症状が無い方はある程度の数いると考えられますが、症状が出てくる方や、症状が無くても治療する方が良い場合があります。


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自覚症状としてしばしばあるのは、耳鳴りです。しかも、心臓の拍動に一致したような、「シュッ、シュッ」という音が聞こえるというものです。


神経が高ぶっている時など、寝付けなくて自分の拍動が聞こえる、ということは、誰でもときどき経験するのではないでしょうか。

硬膜動静脈瘻の耳鳴りは、そのような、寝ているときだけでなく、起きていても、いつでも聞こえるようです。


これは動脈が静脈に直接血液が流れ込む際に狭い部分で、血流が速くなって音がすると考えられます。ちょうど口笛で狭い隙間に空気を通すと音が鳴るのとよく似ています。


これ自体は、必ずしも治療が必要な状態ではないのですが、気になり出すと余計に気になるという部分はあります。


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治療する方が良い、あるいは治療を強く勧めるケースは、「皮質静脈逆流」がある場合です。

これは、動脈が静脈と繋がっているせいで、本来低いはずの静脈の圧が高くなり、脳から血液が流れ出ていけなくなっている状態です。


脳から血液が出られないと、血液が行き場を失い、脳の中に出てしまいます。つまり脳内出血を起こすということです。


実際に脳内出血を起こして見つかる、という場合もあります。


トイレに例えると、下水道の圧が上がっていて、トイレの水が流れていかない状態で、汚水があふれかえってしまうわけです。

トイレの場合は、とりあえずそのトイレは使用せずに、床を掃除すればよいかもしれませんが、脳内出血を起こせば、何らかの後遺症を来し、場合によっては生命に関わる可能性があります。


なので、症状が無い場合でも治療を勧める場合があり、この皮質静脈逆流を評価するために血管撮影検査を行うのが一般的です


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ここまでが硬膜動静脈瘻の基本的な説明です。


以下は、最近よく話題になる「低侵襲とは何か?」ということです。


昨今の脳外科界隈の、特に血管の病気(血管障害)の世界では、血管内手術、つまりカテーテルで治療するというのが流行です。

頭を開ける手術(開頭手術)と比べれば、カテーテルで治療する方が「低侵襲」=患者さんの負担が少ないということもありますが、一方で、カテーテル治療の方が、熟練が速い、カテーテルが1本10万円強と企業にとっても利益が大きいという提供者側の理由もあります。

(ちなみに脳動脈瘤のクリップは1本2万5千円程度)


硬膜動静脈瘻においても、カテーテル治療が選択されることが実際、多いです。


しかし、カテーテル治療の方が低侵襲かどうかについては、正確な議論が必要です。

つまり、開頭手術の方が低侵襲という場合もある、ということです。


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硬膜動静脈瘻にはできる場所や、影響された静脈のパターンなどにより分類がいくつかあります。

参考 Cognard分類


硬膜動静脈瘻, dural AVF, d-AVF

で、本来の静脈洞が”全て”詰まっていて、そのせいで、本来、脳から血液を送り出す静脈が少数逆流している、という場合は、この静脈を止めるだけで治療が終わります。

(正確には、病気の本体である動脈が流れ込んでいるパウチ部分も含めて血栓ができて、治癒します)

この静脈もしくは静脈洞を広い範囲で止めなければならない場合、開頭手術も大がかりになるため、カテーテル治療に明らかな優位性があると思います。

しかし、静脈1本だけを止めるということであれば、開頭手術の方がシンプルな場合があるということです。

*過去に日本脳神経外科学会の学会誌にケースレポートを書いたこともあります。(今から考えると、高齢の患者さんだったこと以外新しいことはありませんでしたが)



「それでも頭を開けるんでしょう?」という方もいらっしゃるかもしれません。


そこで問題になるのは「低侵襲とは何か」ということです。


たしかに、開頭手術では(静脈を1本止めるだけであれば) 1円玉(直径2cm)~100円玉(22mm)程度の開頭が必要ですし、この2cmの範囲が露出するだけ皮膚などを切る必要があります。



ではカテーテル治療は低侵襲か?というと、硬膜動静脈瘻の場合はそうとも言えません。


この治療で一番の問題は、脱毛です。つまり、治療中、X線を出しながらカテーテルを進めたり、血管を詰めたりするわけですが、5Gyとか7Gyという放射線被曝が起こります。

結果として、一時的ですが、毛根が傷んで毛が抜けます。


頭全体の髪の毛が抜けることはまずありませんが、病変近くを中心にごっそり抜けますので、かなり目立ちます。


またこの程度の開頭であれば、出血量が開頭手術の方が少ないということはよくあります。

出血は身体の負担の最たるものでしょう。


「カテーテルなのに出血?」と思われるかもしれません。

カテーテル治療中は、カテーテルの中に血栓ができないように、カテーテルを入れ替える際など、頻繁にヘパリンという血液を固まらせないようにする薬剤を加えた生理食塩水(ヘパリン加生食)を使って洗浄する必要があります。

(カテーテルの中に血栓ができると、その血栓が脳の血管に流れていって詰まらせ、脳梗塞を起こすことになります)


その洗浄の度に、カテーテルの”内部にあるかもしれない血栓と”血液を抜いて、その後、ヘパリン加生食で洗いますが、この「血液を抜いて」という操作が多くなるため、それなりの量の出血になります。


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まとめると、「低侵襲=カテーテル」という単純な構図ではなく、病変の位置や静脈の状態によっては、むしろ開頭のほうが侵襲が低いケースもあるということです。


とはいえ、硬膜動静脈瘻の場合には、自分も過去には、前述のようなかなり大変な開頭手術を経験したことがあり、「血管内手術があって良かった。開頭手術だとこれはめちゃくちゃ大変」というケースが多いのも確かです。


しかし、現場では“どの方法がより安全で確実か”を個別に判断する必要があります。


(血管内手術ばかりやっているDr.の中には「他に選択肢があるのを知らないのか?」という方もいて、最近そういう手術を続けて経験したので、書いてみました。)


(文中意見に係る部分はすべて筆者の個人的見解である。)


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